Rigaku Life
留学体験記
火と氷の国・アイスランド -地熱エネルギーの盛んな利用

アイスランドの主な発電方式は何でしょうか?火力発電、水力発電、原子力発電?それとも、その他の発電方法?
実は、約7割が氷河を水源とする水力発電、約3割が地熱発電によるもので、実にほぼ100%が再生可能エネルギーとなります。今回は特に、アイスランドの地熱発電に着目します。ちなみに、日本も多くの活火山を持ちますが、地熱発電の割合は2023年時点で約0.3%。ずいぶんと差がありますね。開発リスク、開発コストが一つの壁となり日本ではうまく進まないようです。では、アイスランドではいったい、どのように地熱発電が活用されているのでしょうか。
●世界最大級!地熱発電所「Hellisheiðarvirkjun(ヘトリスヘイジ発電所)」
今回、世界最大級の地熱発電所の 1 つであるHellisheiðarvirkjun(ヘトリスヘイジ発電所)を訪れました。授業「アイスランドの地質入門」の、地質調査地点の一つです。
※地質調査について、前回記事と前々回記事もぜひご覧ください!
「火と氷の国・アイスランド -驚くほど身近な火山活動(地質調査編・第1回)」
https://www.philosophia.sci.nagoya-u.ac.jp/rigaku_life/1411-2.html「火と氷の国・アイスランド -火山活動が残した地形と氷河(地質調査編・第2回)」
https://www.philosophia.sci.nagoya-u.ac.jp/rigaku_life/1423-2.html
この発電所はHengill(ヘインギットル)というアイスランド南西部の地域にあり、レイキャビクから車で40分ほど離れた距離にあります。

アイスランドの地熱エリアの地図。青い星マークはへリストヘイジ発電所の場所を示しています。オレンジ色のあみかけは活火山系のエリア。赤い点は高温の地熱地帯で、青い点は低温の地熱地帯。いたるところが地熱地帯になっているのですね!
2006 年に稼働し始めたこの発電所は、現在なんと303 MWという発電能力を持っています。1MWは、ざっくり1000 人の住民が使う電力1日分となります。実に、アイスランド国民40万人弱の、4 分の 3 以上の生活を支えられることになります(実際には、発電した電力の77% は 3 つのアルミニウム製錬所で使用されています)。
ものすごい発電力ですね!
ちなみに、ヘトリスヘイジ発電所のような大規模な地熱発電所には、次の 3 つの条件が必要です。
①熱源 (マグマ溜まりや高温の岩盤)
②水源 (アイスランドは、高地の降水と氷河の融解から大量の水が供給されます。ヘトリスヘイジ発電所では主に前者の雨水が水源となります。海水を使用することもあります)
③高い透水率を持つ岩盤 (アイスランドの 90% は高い透水率を持つ玄武岩ですが、地下水が発電所の地表に到達するまでに最大で約 1000 年かかることもあります)
つまり、熱源で高温になった水が、岩盤の通り道を通って地上付近まで出てくる必要があります。このときの地下水は 約350度まで達します。圧力が高いため、液体のまま存在しています。地熱を持つ鉱脈の掘削が行われると、圧力によって熱水と蒸気が表面に上昇します。分離段階では、重力を利用して熱水と蒸気を分離します。
この蒸気でタービンを回し、発電を行います。そして、余分な熱水や蒸気は、約 1~2 km の深さの岩盤に再び注入、加熱、利用されています。これにより地下の圧力を安定させ、発電所の寿命を長くするのです。地熱発電所の寿命は約 50 年ですが、噴火、地震活動、および発電所のメンテナンス方法によって異なることがあります。

ヘトリスヘイジ発電所付近にはたくさんの掘削点があります。地下約2千メートルの深さを持つ縦穴の「井」からは大量の水蒸気と熱水が噴出します。ちなみに、ここで使われる巨大なタービンは、なんと日本製のものが使われています!

タービンの近くには、日本の兜や人形が!日本の製品が遠いアイスランドで日々使用されているとは驚きでした
また、発電に用いた熱水を、地下や地上にあるパイプラインを使ってレイキャビク市周辺へと運ぶ管理も行っています。この熱水は暖房やシャワー、道路の凍結防止、野菜や果物の栽培のための温室や、温水プールなどに利用されています。
このときの熱水や蒸気は、シリカなどの多くの鉱物を含みます。そのままだと送り先のパイプが詰まってしまいます。そのため、間接的に熱を送る工夫が施されています。まず、送られてくる熱水や蒸気とは別に、鉱物をほとんど含まない冷水を浅い場所から掘削しておきます。これを熱交換器に送り、熱水や蒸気を使って、約80度に加熱します。そして、22 km 離れたレイキャビクにある配水センターにパイプで送ります。熱源を余すことなく使いまわす工夫が見事です!
1990 年から使用されているこのパイプも、実はすべて日本製。熱水や蒸気に含まれるすべての鉱物への耐性が高いことが特徴です。約80度まで加熱された水を、重力を利用して配水センターまで移動させるのに約 8 時間かかりますが、パイプの断熱材により水温は2度しか下がりません。地上では、パイプはジグザグ形になっており、水の流れを遅くして、パイプが膨張して破裂しないように設置されています。さらにこの形状は、マグニチュード 6 の地震にも耐えられるというメリットもあるそうです。

パイプは外側から雨や風から保護するためのアルミニウム層、ロックウール層という綿菓子のような質感の玄武岩でできた非常に密度が高い断熱材、ステンレス鋼層でできています
この地熱発電所の欠点は、温室ガスの放出がまだ残っていることだとスタッフの方は言います。この発電所で使われる熱水や蒸気の中に、二酸化炭素が約 0.3%溶け込んでおり、発電の際に放出されているそうです。もちろん火力発電などと比較するとその割合はとても低いものの、全く放出がないに越したことはありません。2016 年以降、熱水や蒸気から硫化水素と二酸化炭素をろ過するために Carbfix というプロセスが行われています。硫化水素や二酸化炭素を水と混ぜて玄武岩の岩盤に注入すると、硫化水素は黄鉄鉱に、二酸化炭素は方解石と呼ばれる鉱物に変化します。
●アイスランドは熱源だらけ?地中の熱源の仕組みをのぞいてみよう!
アイスランドでは驚くほどうまく地熱発電が利用されていました。そして、これを支えるのは間違いなく、アイスランドが多くの利用可能な熱源をその大地に抱えているという特徴にあるでしょう。高地でインフラがあまり整備されていなかったり、国立公園の一部であったりする場合は地熱発電所を開発することはできませんが、へリストヘイジ発電所以外にも多くの地熱発電所が存在します。
アイスランドは大西洋中央海嶺に位置しており、地殻が薄いため、世界の他の地域と比べるとマグマが地表面の近くまで達します。また、アイスランドは地球内部でマントルが上昇する、ホットスポットという火山活動が活発な場所にあります。
ここで、地熱発電の基礎となる地熱について、授業で習ったことを参考に紹介したいと思います!「地熱」って一体どんなものでしょう?私自身そうだったのですがこれがわかると、世界や日本、アイスランドの地熱への理解が深まります!

ふたたびアイスランドの地熱エリアの地図。オレンジ色のあみかけは活火山系で、赤い点は、高温の地熱地帯。青い点は、低温の地熱地帯です
まず、そもそも地熱とは?という疑問に欠かせない語句や、分類です。地熱システムや地熱エリアという言葉を耳にしたことはありますか?その違いは何でしょうか?
Geothermal system(地熱システム)…地殻最上部、同じ深さにおいて、周囲より多くの熱エネルギーを含む一体です。深さ 1 kmの温度は少なくとも 50度~100度になります。
Geothermal reservoir(地熱貯留層)…地熱システムの一部で、液体の水や蒸気が流れるのに十分な浸透性をもつ場所。掘削すると、井戸から強力な上昇流が発生します。
Geothermal area(地熱エリア)…地熱を検出できる表層の領域。地殻はある程度浸透性が高く、熱を伝える水や蒸気が表面まで循環します。

授業で使用された図。Geothermal system(地熱システム)は、Geothermal reservoir(地熱貯留層)を含む立体的な領域のことで、Geothermal area(地熱エリア)は、地熱システムの地上部のことです
また、世界の地熱システムは大きく分けて5つに分類されます。
①若い火成岩によるシステム
浅い地殻に侵入したマグマの上に形成された断層付近でよく見つかる地熱システム。熱源はマグマです。高温であることが特徴で、深さ約1kmで温度は 200度から 370度です。地下水と岩盤の高い透水性が重要です。加熱された水や、約300度にもなる蒸気が高圧タービンを回して大量の電力をつくります。へリストヘイジ発電所が利用している熱源はこれにあたります。
②断層に沿った流体の循環によるシステム
断層付近でよく見つかる地熱システムですが、①とは違いマグマが近くに存在しません。しかし、断層の破砕により高い浸透率を持つため、流体が地中を伝って、遠くのマグマから主に熱が伝わります。低温であることが多く、活火山系の周りの断層帯にあります。深さ約1kmで温度は 70度 から 130度となり、蒸気はあまり出ません。ミネラル分が少なく、出てきた温水は低圧タービンを回して直接使用されることもあります。

アイスランドのいくつかの「井」の温度勾配。横軸は温度(℃)で、縦軸は深さ(m)です。深さとともに温度が高くなる傾向があることがわかります。また、ある深さでグラフが急に右へ伸びるのは、熱源からの熱が伝わりやすいためです。右側の赤い範囲は、高温で、①若い火成岩によるシステムにあたります。左側の青い範囲は、低温で、②断層に沿った流体の循環によるシステムです。断層付近では熱が伝わりやすく、温度が急上昇します
③深部の堆積帯水層にある地圧システム(イギリスやドイツの一部など)
厚い堆積物でできた堆積盆地という場所にある地熱システムです。この地域では、地中深くの高い圧力下に地下水が溜まっています。ずっと深い場所にある熱源から長い時間をかけて堆積層に熱が伝わります。
④高温岩体によるシステム
結晶片岩という変成岩が広がる地域によくある地熱システムです。原子核が放射線を出すことにより他の安定な原子核に変化する放射壊変という現象や、元々の地熱勾配が熱源になっています。高温岩体とは周囲に比べて高い温度を持つ岩石のことですが、浸透率が低いという特徴があります。そのため、このシステムでは熱がたくさん含まれるものの、浸透率が低かったり、熱を伝える流体が少なかったりします。流体が循環しやすくなるように人工的に破砕されたり、流体を注入するために井が掘削されたりすることがあります。
⑤マグマタップシステム(アイスランドや日本など)
名前の通り、溶けているマグマや固まったばかりのマグマに向けて井を掘削するシステムです。井の深さが深いことが特徴で、約6000mも掘削されることがあります。マグマは天然の資源の中で最も高い温度を持つため、成功すれば最も効率的に利用できるシステムとなります。しかし、とても高い圧力や酸性のガス、深い掘削の必要性などから実践には様々な問題が伴います。

マグマタップシステムでの実際の井の温度勾配。横軸は温度(℃)で、縦軸は深さ(km)です。溶けている溶岩(molten lava)は、約6kmの深さに存在し、温度はなんと800℃を超えていることがわかります
アイスランドは、①若い火成岩によるシステム、②断層に沿った流体の循環によるシステム、⑤マグマタップシステムがとても多い国なのです。①のような高温の地熱地帯のほとんどは、現在33 個ある活火山系にあります。アイスランドの中心部にはこの活火山系が多く存在します。さすがは地球で唯一海嶺に位置する火と氷の国ですね!
●まとめ
今回、ヘトリスヘイジ発電所では、地熱発電の仕組みやアイスランドでの発電、持続可能な未来への盛んな取り組みを目の当たりにすることができました。施設は発電所とは思えないほど綺麗で、地熱の仕組みや発電所の歴史、今後の目標などをわかりやすく学べるだけでなく、来訪者向けのコーヒースペースや地熱に関連したお土産コーナーがあったり、地熱の専門知識を持つスタッフさんに気軽に質問できたり、地熱発電を身近に感じる工夫がたくさん見つかりました。私自身アイスランドでお風呂に行くことが多いのですが、発電所を訪れてみて「このお湯はあんな過程を経て、今ここまできているのだな」「環境負荷が少ないんだな」と別の視点が加わり、さらに楽しくなりました。

ヘトリスヘイジ発電所の施設の1階。2階には展示室があり、多くの観光客や学生が訪れていました
アイスランドでは一学期が終わり、日本よりも少し早く冬休みが始まりました。皆さんは12月、どのように過ごされますか?私はVatnajökullという大きな氷河にある氷の洞窟を訪れる予定です。氷河についてまた今後ご紹介できたらと考えているのですが、他にも「アイスランドのこれが知りたい!」等々ございましたら、理学部公式Xまでご連絡いただけると嬉しく思います^^
(文・大久保結実)