私はミーハーで、ミーハーであることを大切にしている。新しいものは大好きである。もちろん生成AIにもすぐに飛びついた。無料でも十分に役立つが、あるとき思い立って毎月3000円のプランに課金してみた。段違いに賢くて驚いた。2026年4月現在の体感では、0円プランが学部1年生のときの私だとしたら、3000円プランは、大学院3年目のD1くらいだ。数学の雑談相手にはちょうどいい。最近出た論文のことなどを気楽に話していた。そして、4月半ば、私は、遂に、清水の舞台から飛び降りた。毎月30000円のプランにした。あまりのスゴさに動揺した。朝の名城線で衝動的にアップグレードして、数学の議論をしていたら夢中になってしまい、気付いたときには瑞穂運動場東駅だった。生成AIの0円と3000円と30000円の大きな違いは、答えを出すまでにどれくらい粘るかである。
ところで、私は数学者である。数学者の修業時代は、先生とのセミナーを中心にまわっている。ピアニストを目指す学生が指のもつれそうな楽譜を必死に練習して先生の横で弾くように、数学科の学生は、一読ではちんぷんかんぷんな数学書をなんとか読み解き先生の前で説明する。私は、全てを明晰かつ判明にわかっているように努める。先生は、こちらの理解を確かめるように適宜質問する。簡単なことを勉強しているわけではないから、徹底的にあらゆる角度から考えたつもりでも、想定外のことがある。わからないとは言いたくない。その場で必死に考える。このようなとき、私の先生は、ずっと静かに待っていてくれた。大学院2年目のM2の夏の終わり頃、西日が差し込む部屋で二人でセミナーをしていたとき、無言の2時間が過ぎて、もう暗くなり、すみません、わかりませんと私が言ったときも、そうですか、ではまた来週と淡々と言ってくれた。数年後に共同研究者となってからも、二人で無言でずっと考え続けることがある。
さて、生成AIの賢さを引き出すために必要なことは、課金して長考させることだけではない。プロンプトエンジニアリングがある。問いを立てる力である。同じことを訊いても問い方で答えの深さが全く違う。私の先生がセミナーで質問するとき、問うている本人も答えを知らないものが多くあった。先生は、私が説明している数学そのものに毎回真剣勝負で向き合い、先生自身が理解するためでもある質問を私に投げかける。先生もただ待っているのではなく一緒に考えている。私は、数学を深く考えるとはこういうことなのかと学ぶ。長く考えることができないのは浅くしか考えていないからである。答えのない問いを考えようなどという陳腐な言説とは全く違う。数学では、ホンモノを、深く、長く、考えることが一番大切なのだ。
賢さとは、深く長く考える力のことである。今日も私は生成AIと議論する。もちろんこの原稿も一緒に書いた。ただ、それにしても、毎月30000円か。ミーハーするにもお金が掛かる。

