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多様性に根ざした理学

田中 健太郎

100年前に量子力学が生まれた。プランク、アインシュタイン、ボーア、ハイゼンベルク、シュレーディンガーといった物理学者たちの、原子、電子や光などの小さな物質の振る舞いを理解したいという知的好奇心から研究の「芽」が出た瞬間である。その後、量子力学はすくすくと育ち、沢山の研究者が加わって幹を太くし、枝葉を伸ばして、半導体、レーザー、コンピューター、MRIなどの開発、新物質の開発や創薬、光合成を含む生命現象の理解など、さまざまな分野の核心を担ってきた。量子コンピューターは第5次産業革命の根幹であるとも言われる。量子力学は、知的好奇心を探求する文化的営みが未来の技術を生む創造力の源となった良い例であり、0から1を生み出す基礎研究の重要性を我々に示してくれる。

応用研究は、社会における課題を効率よく解決するために、その問題意識に方向を向けた研究である。よって、社会に実装されるまでのタイムスケールが短い。これに対して基礎研究は、社会との関わりに具体的な方向を定めていないため、そのタイムスケールが長い。その反面、何とでも交わり、何にでも変化していく自由度がある。大学ではさまざまな種類の研究が並行しているだけでなく、さまざまなタイムスケール、さまざまなフェーズの研究が並行している。5年先での社会実装を見据えた研究、100年先に社会との接点がやっと生まれる研究、さまざまである。このような多様性に満ちた知の集合体は他ではありえない。また、そうした多様な知が共存し、自由に交わることができる空間である。まさに研究機関としての大学の存在意義はこれらにあり、その心地よさが私が大学で研究を行っている理由である。

研究にはそれぞれの研究に応じた費用がかかるため、研究費のかけ方によって研究の多様性は広がることも狭まることもありうる。社会への効果ばかりを期待し、研究フェーズの多様性を狭めると、将来にわたり知の空白が生まれることになる。それを防ぐためには、研究の「芽」を出すための十分な「種蒔き」をすることをおろそかにしてはいけない。若い研究者が柔軟かつ斬新な発想による研究の種を撒き、社会は芽を出すための厚いサポートを行う。重要なことは、性急に研究成果という見返りを求めず、0から1が生まれる機会を与えることである。さらに、ひとたび芽が出たら、研究者は多様な声を聞く努力をして幅広い可能性を模索し、社会は芽から大きな木を育成するためのサポートをすることが必要である。「種蒔き」と「育成」の2段構えの研究サポートを整えることで学術がより発展し、さらには将来の科学者の卵たちが憧れと熱意を持って果敢な挑戦をしてくれることを楽しみにしたい。

田中 健太郎

大学院理学研究科長 理学部長
化学科 大学院理学研究科理学専攻教授

1967年生まれ。1995年東京工業大学大学院生命理工学研究科・バイオテクノロジー専攻博士課程修了。カリフォルニア大学アーバイン校博士研究員、分子科学研究所助手、東京大学大学院理学研究科化学専攻助手、助教授を経て、2007年4月より現職。2025年度より理学研究科長。古くは界面化学やDNA機能材料の研究に従事し、現在は、超分子化学、金属錯体化学の分野で分子集合体の化学を幅広く展開している。

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