Viewpoints

森からの贈り物

平野 恭弘

研究調査である同じ森に10年以上毎月のようにその年々の学生と通っている。森の生育や環境を継続的に観測するモニタリングとよばれる調査である。森は理学を追求するためにふさわしいフィールドだ。卒業論文や修士論文の研究観測は数カ月から1年程度と短期であるため、普段の調査ではその日にすべき計測に追われ、日が暮れていく。ただ5年くらい過ぎてから毎月少しずつ変わる森の様子を感じることが多くなった。

この森は樹齢100年を超えるヒノキ林で、花粉の飛散とともに春が始まる。まわりの山に目を移すと、ひときわ目立つヤマザクラがこんなにもたくさんあったのかと目を疑う。サクラの花は短く毎年調査で出会えるわけではない。花のゆっくりと散る様子は見ていても飽きない。桜が散ると、毛虫たちをはじめとした虫の活動が新緑とともに音を立てて活発になる。ヒノキの新葉は4月中旬からゆっくりとその古い葉先にうすい緑色で現れる。

初夏にはヒノキの幹が大きく成長する。この季節、土壌調査ではミミズが飛び出す。真夏になると「こんなに暑いのによく調査に行きますね」と声をかけられるが、森の中では直射日光はあたらず気温もおよそ30度以下で、都市と比べ圧倒的に涼しい。ただ夕方、蚊やぶゆに追われることもある。夏に多いはずの雨も近年、強弱が激しく、以前は毎月数リットルから20リットルたまったボトルにほぼたまらない期間、対照的にあふれだす期間も観測される。

秋に台風が来ると緑の葉だけでなく、持ち運べないほどの大きな枝が落ちていることもある。風の強い日には大きく木が揺れるため落下物に注意が必要だ。気温が低下し始めると虫の鳴き声も寂しげに変わり、調査を急がないと夕方すぐに暗くなってしまう。年中葉をつけるヒノキでも秋から冬に数年の寿命を終える葉が一斉に黄葉し、土壌表面は黄色く染まる。気温が0度近くになると雪が降り体中が冷え、土壌表面に霜柱が残るときもある。しんと冷えた空気の中でもヤブツバキはピンクの花を凛と咲かせている。

私たちが見て感じる森の変化を、モニタリングの測定項目だけで検出することは難しい。観察したい対象を絞り込み、それらを深く見ることは重要だ。しかしその対象は、森というシステムの中で取り巻く環境とともに動いている。森の中では私たち自身が五感を利用してセンサーとなることで、森からの贈り物である多様な変化を検出できるのかもしれない。「hidden half 隠れた半分」と名付けられた木々の根とそれをとりまく土壌という目に見えない地下の森の世界も、四季を感じる地上の森のように私たちの知らない様相で動いているようだ。そんな世界を少しでもセンシングしながら理学的に「森の根を見える化」したいと日々研究に取り組んでいる。森へ行こう。

平野 恭弘

地球惑星科学科 大学院環境学研究科地球環境科学専攻教授

1970年豊橋市生まれ。名古屋大学生命農学研究科修了、森林総合研究所、スイス連邦森林研究所を経て現職。専門は森の根の生態学、臨床環境学。著書に『森の根の生態学』(共立出版)、『大きな木の根っこ』(大月書店)、『根っこのふしぎな世界-くらしと根っこはつながっている-』(文研出版)。倒木や土砂・津波災害に対し減災の観点から樹木の根系構造評価、また根を掘らずに地中レーダを用いた根系の非破壊推定に取り組む。

この記事をシェアする

  • twitter
  • facebook
  • LINE

PAGE TOP