名古屋大学は私の研究人生を変えてくれた。2005年に物質科学国際研究センター・理学研究科の野依特別研究室の助教授に採用していただいてから18年が経ち、幾多の素晴らしい思い出がある。その中から1枚の写真を選ぶことはとても難しいが、今回は私の人生を変えてくださった恩人であり、化学の世界における父親といっていい存在である上村大輔先生(名古屋大学名誉教授、2021年4月13日逝去)との思い出の一枚を選ばせてもらった。
2004年秋、当時京都大学にいた私のもとに上村先生から「野依特別研究室の助教授に興味はありませんか」とのお電話をいただいた。この1本の電話で人生が大きく動き出した。この上村先生の導きがなければ、名古屋大学で研究することも、そして2008年に上村先生の後任として名大理学部化学科の有機化学研究室を任されるという奇跡も起こらなかった。私は、分子の美しさと無限の可能性に魅了され、合成化学の研究に没頭してきたが、上村先生が天然から抽出・発見した圧倒的にユニークな構造と機能をもつ「オンリーワン分子」を目の当たりにし、「非天然のチカラある分子」を目標に定めた。
幸いなことにカーボンナノリング、カーボンナノベルト、ワープドナノグラフェン、インフィニテンに代表される数多くの「新しい炭素のカタチ」を合成することができた。これらの分子が中心となって、有機化学や合成化学を基盤とした「分子ナノカーボン科学」という新領域を開拓することができ、基礎と応用の両面で化学における一大潮流となった。カーボンナノリングやカーボンナノベルトは「短尺のカーボンナノチューブ分子」としてその価値をアピールしたが、これらの分子にこだわったもう一つの動機があった。実はこれらの分子は上村先生が天然から次々と発見された「超炭素鎖有機分子(一筆書きで描ける炭素鎖をもつ分子)」の一つと見ることができる。非天然でも抜群の構造美と機能をもつ超炭素鎖有機分子がどうしても創りたかった。その意味でもこれらの分子は私と上村先生をつなぐものだと今でも勝手に思っている。
また、上村先生は数々のユニークな天然物化学の研究を通じて、化学と生物の境界領域にこんなにもワクワクする世界が広がっていることを見せてくださった。そして、まさに上村先生への憧れが、2012年のITbM設立の動機であった。上村先生の導きと教えがなければ名大伊丹研もITbMも存在しなかった。
上村先生は、一貫して私のことを守り、エンカレッジしてくださった。研究に関しては、「こぢんまりとするな。世界で大きく羽ばたけ」と常に高みを目指すように指導していただいた。驚くような鋭い直感、洞察力、破格のスケール感をおもちであるばかりでなく、太陽のように明るく、前向きで、そして桁外れの人想いにあふれた上村先生だった。かけがえのない、とてつもなく大きな存在だった。研究者として、教員として、人間として、上村先生は私にとって永遠の目標である。これからも天国にいる上村先生がニヤッと微笑んでくれる「オンリーワン分子」を追い求めて、研究していきたいと思う。