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転機はターンテーブルにのってやってきた

近藤 孝男

生物の24時間周期の概日リズムについて研究を始めて50年以上になる。先まで見通す力のないせいだと思うが、目処も立たず誰もやっていないことに惹かれ、実験を進めてきた。私は生命体の動きをリアルタイムで捉えることにこだわった。当時、自動化技術の装置が普及してきたことは幸運で、細胞を傷つけずに繰り返し測定し、24時間のリズムを観察することが可能になってきた。電気泳動や細胞分画など分子生物学の手法は避けて、センサーや演算増幅器やマイクロプロセッサーやリレーを集め、いろいろな装置をつくって研究をスタートさせた。

数年が過ぎた頃、呑気な私でも不安になる論文が発表された。ショウジョウバエの時計遺伝子periodのDNA配列が解読され、初めて確実に概日時計にかかわる分子が見つかったのだ。しかし、シャーレの寒天培地の上で時計のリズムが判定できることが概日リズムの解明に不可欠の要件だと考えた私は、クラミドモナスや酵母のリズムを徹底的に調査したが、十分な成果を得られずにさらに数年が過ぎ、次はシアノバクテリアを検討することにした。これが転機になった。発光酵素の遺伝子を組み入れた株をもらい受けて測定したところ、ごく弱いリズムが見つかった。このデータは誰に見せても首をかしげるばかりだったが、培養条件をいろいろ検討し、十分な振幅のリズムが得られた。42歳に至って思い描いた研究材料とやっと出会うことができた。

ここまでくればあとは分子遺伝学の定法に従って進めるだけだ。信頼できる研究チームもあつまった。時間を要するのは突然変異体や遺伝子導入体を解析するステップである。シャーレの上で同時に数千のコロニーのリズムを発光として測定できる可能性を確認するため微弱光測定装置を借りて3日間徹夜で測定を続けたところ、すべてのコロニーが安定したリズムを示した。
そこで自動測定装置を自作することにした。まず直径80cmのアルミテーブルを回転させて順次発光を測定することにした。装置開発室に工作を依頼したが、最大の問題はソフトウエアであった。ターンテーブルが回転し、カメラのシャッタが開いて画像をMacの画面に写し、コロニーが認識されて、発光量が定量される。この測定を繰り返し、コロニーを画面上でクリックすることでそのリズムが表示され、突然変異の候補を自動判別して点滅するといったプログラムをつくりたかった。何から始めるべきか全くわからない状態で、完成するまでに3カ月を要した。ソースコードはA4でプリントすると1000ページぐらいになり私の「著作物」では最大のものになった。

測定の自動化をシアノバクテリアの遺伝子組み換えの容易さと組み合わせることで、数百人の研究助手が働くのと同じぐらいの成果を出すことができた。実際、あっという間にさまざまなリズムを示す100種類以上の概日時計変異体を手にした。次にこれらの変異体に遺伝子を無作為に導入し、変異が回復することで変異していた遺伝子を同定した。ターンテーブルは約1万のコロニーが同時に検定できるので、予想通り数週間でリズムに異常のある突然変異から時計遺伝子が簡単に見つかった。そうしたコロニーをシャーレから拾う作業は今思い出してもワクワクするものだった。

得られたkaiC時計遺伝子の制御はショウジョウバエなどと同じように見えた。そこで1998年に時計遺伝子の転写調節のループが共通の時計機構であるとして発表した。我々もハエの研究者も喜ぶべき結論のように見えた。しかしその平和は長くは続かなかった。2005年には遺伝子の転写がなくとも3種のKaiタンパク質とATPのみで細胞よりも正確な素晴らしい24時間リズムが試験管の中で刻みだしたのである。2007年には、KaiCタンパク質による微かで規則的なATP分解こそが振り子のように働いて時間を計っていることが自動測定装置で得ていたさまざまなKaiC変異体の解析からわかってしまった。少なくともシアノバクテリアでは、時計遺伝子の転写のリズムは原因ではなく結果であり、我々は全く新しい概日時計モデルが生まれつつあることを目撃している。Kaiタンパク質がチラホラ見せる概日時計の秘密は老人には刺激が強く、ショウジョウバエやヒトの概日時計にシアノバクテリアと共通性のある未発見の分子機構がまだ隠されている可能性に心が躍る。

写真説明
写真は、自作のシアノバクテリアコロニー発光自動測定装置、LCM(Luminescent Colony Monitor) 。通称Kondotron。12枚のシャーレを45分で順次測定していく。1990年に開発、42歳になっていた。

近藤 孝男

名古屋大学特別教授

1948年生まれ。1971年名古屋大学理学部卒業、1976年名古屋大学理学研究科生物学専攻満了、1978年基礎生物学研究所制御機構研究系助手、1979年理学博士(名古屋大学)、1985年ハーバード大学客員研究員、1995年名古屋大学大学院理学研究科教授、1999年東京大学大学院理学系研究科教授、2006年名古屋大学理学研究科研究科長、2013年名古屋大学理学研究科特任教授、2020年より現職。2006年朝日賞、2011年紫綬褒章、2014年学士院賞、2019年文化功労者顕彰、2021年瑞宝重光章。

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