Snapshots

青い空

唯 美津木

名古屋大学には門がない。名大のシンボル、豊田講堂前の芝生広場。天気のよい日には、多くの人が青い空を楽しんでいる。子どもたちが走り、大学生が集まり、最先端の研究が新たな知を生み、世界で活躍する人が育っていく。
開かれた自由闊達な大学、それが名古屋大学である。

2008年から、分子科学研究所で小さな研究グループを構え、固体触媒の研究を進めていた。分子研では、学生は多くないものの恵まれた研究環境をいただき、当時、世界の誰もできなかった触媒「一粒」のイメージングを始めていた。固体触媒は、化学合成になくてはならない物質であるが、複雑な構造をもっており、構造解析の相手としては強敵である。ロックアイスの構造は調べられそうだが、シロップをかけたかき氷の中の小さな氷の粒の構造(大きいものもあれば小さいものもあり、溶けかかってシロップと混じったものもある)を調べるのに苦労しそうなのは、想像に難くない。

触媒の粒は、小さいものはナノサイズ、大きいものでもミクロンサイズであり、もちろん肉眼では見えない。顕微鏡技術が発展して、そのかたちは見えるようになったが、触媒の鍵となる元素がどこにいて、どんな状態か、どの部分が触媒反応に大事なのかは知る術がなかった。触媒を実際に観て、理解できるようになったら、もっと良い触媒がつくれるだろう。だから何とかして知りたい。

X線を使った分光イメージングの立ち上げを始め、触媒反応をしながら計測ができる装置もつくった。世界で初めて、触媒一粒の活性構造のデータを取ったのが2011年。その後、二次元から三次元のイメージングへ拡張したが、数テラバイトもある計測データの扱いに途方に暮れた。1日で測定したデータを図にするのに半年。悪戦苦闘の末、それらしい図は出てきたが、半年後にならないと実験が成功したかがわからないのが致命的であった。何とかなるに違いないと勝手に思い込む楽観的な性格が幸いした。

そんな中、名古屋大学の理学部化学科に声をかけていただいたが、分子研で始めた研究がかたちになっていない私には、青天の霹靂であった。やりかけのデータをかき集め、きっとこんなことができるはずという妄想に近い研究提案をした。歴代の化学科の先生方の写真に囲まれた部屋でつたない話を聞いていただきながら、目の前の今の化学科を支えておられる先生方に加えて、長い歴史を築いてこられた多くの偉大な先生方に見られているのを実感した。その写真の中には、当時の分子研所長の大峯巌先生(元理学部長)もおられた。

後日、名古屋大学に迎えていただくことになったことを、大峯先生に報告した。学生に毛が生えたレベルであった私を、古巣の名古屋大学に送り出すことを心配されたのであろう。名古屋大学がいかに開かれた大学か、理学部化学科を支えてこられた先生方のこと、その中で切磋琢磨されながら、小さな研究に終始せず新しい分野をつくることの大切さを懇々とお話してくださった。

そして最後に、「空は青いですよ」とそう仰った。

とてつもなく広い青い空。
どう羽ばたくか、自由であることの重みをこれほど感じた時はなかった。

唯 美津木

化学科 物質科学国際研究センター教授

1979年生まれ。2003年東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了。2004年東京大学大学院理学系研究科助手。2005年博士(理学)(東京大学)。2008年東京大学大学院理学系研究科准教授。同年分子科学研究所准教授。2013年より現職。2024年度化学科長。

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