Rigaku Life

研究室に行ってみた!

見過ごされた化学反応を実現せよ!フラスコを振らずに精密な反応制御ができる「マイクロフロー合成法」とは?

実験室

 化学の実験というと、フラスコのような容器の中で何種類かの溶液を混ぜて反応させる様子を思い浮かべますよね。今でも一般的に使われているこの方法ですが、たとえばひとつ、苦手なこともあります。かぎりなく正確なタイミングで注ぎ、急いで混ぜたとしても、反応に適した均一な条件になるまでにはわずかに時間がかかります。ほんの一瞬でころころと状態が変わるような化学反応の場合、溶液の混合に時間がかかりすぎてしまいます。

 そこで登場するのが、「マイクロフロー合成法」。なんと数ミリ秒以内に溶液を混合できます。名古屋大学創薬科学研究科 基盤創薬学専攻プロセス化学分野の布施新一郎先生は、このマイクロフロー合成法を用いて、これまで困難だと見過ごされていた化学合成の開発に取り組んでいます。

 

布施先生
創薬科学研究科 基盤創薬学専攻プロセス化学分野 布施新一郎先生

 

 マイクロフロー合成法では、溶液をある一定以上の速度で狭いチューブに流し入れます。すると、わずか数ミリ秒以内に溶液が混ざります。短時間の反応に対応できるだけではなく、内径約1 mm以下のチューブによって反応液の比表面積が大きくなるため温度も厳密に制御できます。このような長所からマイクロフロー合成法を使うと新たな合成が可能になります。

 

マイクロフロー合成法概略図
マイクロフロー合成法の概略図。2023年6月13日には、「二残基ずつペプチド鎖を伸長できる超高速マイクロフロー合成法を開発」というタイトルで研究成果のプレスリリースを発表(https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2023/06/post-518.html

 

マイクロフロー合成法実験器具
実験室で実際に使用されているチューブ。とても細いため、合成過程で詰まってしまうこともあるそうです。実験失敗の時に装置から鳴る「ピーッ」という音がトラウマになるとも、、^^;

 

 また、マイクロフロー合成法はその特徴を利用し、化学合成の際にでてくる廃棄物の量やコストを抑えることができます。実はこれまで、薬の生産において廃棄物とコストが問題となってきました。

 ペプチド医薬品を聞いたことがありますか?二個から数十個のアミノ酸がつながった分子をペプチドといいます。百個以上のアミノ酸がつながったタンパク質に比べると小さい分子で、細胞膜の透過性などに優れます。ペプチドの合成には固相合成法という方法がよく使われています。固相合成法では、樹脂の粒に反応剤やアミノ酸の溶液をかけて、アミノ酸を連結することでペプチド鎖を伸長させます。溶媒等で樹脂を洗浄するだけで簡単に精製が行える一方、樹脂自体が高価であり、固体と液体の反応であるため、反応速度が遅くなります。これを補うために過剰な量の反応剤や原料が必要になってしまうことなどから、大量の廃棄物と高いコストが問題となっていました。

 これに対して、微小な流路を反応場とするマイクロフロー合成法では、樹脂などは使用せず、廃棄物の排出の少ない試薬を用いて液体同士を反応させます。副反応を抑えつつ、短時間、低コストで廃棄物を削減しつつ、ペプチドを含めた有機物の合成が可能になります。

 ただし、扱いが難しい点もあります。繊細なマイクロフロー合成法では、試薬や濃度などに加えて、チューブの内径、材質、溶液の量など、考慮しなければいけない条件が多くあります。単純な反応でも実験方法は何千万通りにもなってしまい、機械学習などを利用しても合成を成功させることは簡単ではないそうです。しかし、この方法で新たな合成が可能になると、有機合成化学のさらなる理解につながるだけではなく、より速く、より低コストで、さらにより少ない廃棄物で医薬品を創出できるようになります。

 

取材風景

 先生は、「マイクロフロー反応」を「新輝不老反応(しんきふろーはんのう)」と表現します。有用性がないと思われていた古典的な有機合成反応が、マイクロフロー合成法との出会いにより新たな価値を得て、新しく輝きを放つような反応(新輝反応)となって、なおかつ、その輝きが永く失われないでいてほしい(不老反応)という意味だそうです。この新輝不老反応の開発を不老町にある名古屋大学で進めたいと語ってくださりました。創薬は、理学から少し離れているのかなと考えていましたが、化学反応に新たな命を吹き込むという点で分野を超えた研究だと実感しました。これまで不可能だと思われていたことが可能になる創薬と理学の世界を覗くことができて胸が高鳴りました。

(文・大久保結実)

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