Rigaku Life
研究室に行ってみた!
「ガラス」って固体なの?液体なの?身近なのに不思議な物質!物理学者が真剣に頭を悩ます謎とは?

とろとろと流れるキャラメルと、カチカチのキャラメル。
さらさらと流れる水と、カチカチの氷。
どちらも一見すると前者は液体、後者は固体のようです。ですが、本当でしょうか?流れないこと=固体でしょうか?ネチっとしたキャラメルを思い浮かべると、この問いの答えが単純ではないことがわかります。
キャラメルって液体?個体?それとも別の何か?
そもそも、液体と固体は何が違うのでしょうか。中学校や高校では、液体は分子が自由に動き回れる状態、固体は分子が規則正しく並んだ状態で、温度によって、固体から液体、液体から固体へと相転移が起こると学びます。実際、水ではその説明がよく当てはまります。温度が下がって水分子が規則正しく並び、結晶構造をとることで氷になりますが、温度が高くなって水分子が自由に動き回れるようになるとふたたび水になります。
では、比較としてキャラメルを見てみましょう。とろとろのキャラメルも、硬いキャラメルも、不思議なことに分子はどちらもランダムに並んでおり、規則正しい結晶構造はありません。もし分子の並び方だけを見たなら、それが流れるキャラメルなのか、固まったキャラメルなのかを見分けることはとても難しいのです。


キャラメル(上)と水(下)の分子配置のイメージ
キャラメルのような物質は「非晶質(アモルファス)」または「ガラス」と呼ばれます。窓ガラスやグラスをはじめ、一部のプラスチック、歯磨き粉、マヨネーズ、マグマなど、私たちの身の回りには非晶質がたくさん存在します。ある非晶質が液体のような状態のとき、その温度をどんどん下げていったり、強い衝撃や圧力を急激に加えたりすると分子がランダムな配置のまま動けなくなる「ガラス状態」になります。
この状態は、
1. 究極のドロドロ状態、つまり極端に粘性が大きい「液体」であるのか
2. 「ガラス転移」と呼ばれる新たな相転移が起きて、流れなくなるのか
実は私たちはまだその答えを知りません。

非晶質(アモルファス)の例。左側二つは、流れない「ガラス」で、右側二つは、流れる「液体」。歯磨き粉は、より詳細には、中に含まれる無水ケイ酸(シリカ)が非晶質であるようです
待ち続ければいつかは流れる?「ピッチドロップ実験」
けっきょく流れるのか、流れないのか。そんな非晶質の不思議な特徴を実感できる実験があります。世界一時間がかかる、「ピッチドロップ実験」をご存じでしょうか?オーストラリア、ブリスベンのクイーンズランド大学で、トーマス・パーネル教授が1927年に始めた実験で、ギネス世界記録に認定されています(URL: https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/longest-running-laboratory-experiment)。

ピッチドロップ実験のようす(CC3.0, Author: John Mainstone, University of Queensland, Source URL: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:University_of_Queensland_Pitch_drop_experiment.jpg)
ピッチとは、たとえばアスファルトのように非常に粘性が高く、一見固体のように見える物質のことを言います。これを漏斗から垂らし、その流れ方を観察します。一滴が落ちると、次の一滴が落ちるまでには約10年もかかります。2000年までに8滴の落下が観測され、実験はこの先もまだ続くそうです。この結果を見ると、ガラス状態の物質は極端に粘性の高い「液体」のように思えます。ガラス状態にある非晶質、いったい何者なのか。謎が深まるばかりでとても面白いですね。
新たな秩序を探索せよ!物理学者がいどむガラス転移の謎、そして生命現象との不思議な共通項
名古屋大学大学院理学研究科非平衡物理研究室(R研)の宮崎州正先生は、このガラス転移が存在するのではないかと、研究を進めています。先生は、「物質は同じなのに温度を変えただけでまるっきり違う姿になる相転移は、物理学者からするとすごく不思議。一見ランダムに見える非晶質の分子配置の中には、実は目に見えない秩序が隠されている可能性がある。」と話します。

ガラスの物理は私たちの身の回りのありとあらゆるところに現れます。例えば、冷凍食品。トレハロースなどの糖類を食品に加えることでガラス転移を促進し、瞬間的に分子の動きを抑えることで、劣化を防ぎ、食感や風味を保つ工夫が進められています。また、カスタードクリームは、強い衝撃を受けると瞬間的にガラス化して硬くなる性質を持ちます。この現象を応用した技術は、防弾チョッキなどの衝撃吸収材に活用されています。さらに、クマムシが乾燥や極寒を一時的にしのぐために生命活動を停止する「乾眠」でも、体内に蓄積したトレハロースのガラス化を仕組みの一部として利用していると言われています。

「銃弾を防ぐにはプリンを買うと、命拾いすることがあるかもしれません。その時は感謝してくださいね」と宮崎先生は笑います。(カスタードの実験の動画:https://youtu.be/rrwpNI0bzE0?si=XOfF9TvqXHFsa-6Q)
その中でも宮崎先生は特に最近、「ガラス」と「生物」を結び付けた研究に力を入れ、生物分野における「ガラス転移」の問題に着目しています。
生物の世界では、場合によって流れたり、流れなかったりという状態で溢れています。一般的に生物は、規則正しく並ぶのが苦手で、状況に応じて集まったり離れたりと、絶えず動きを変えているためです。身近な例として、満員電車を思い浮かべてみてください。人がぎゅうぎゅうに詰まり、まるで流れるように動くことがありませんか?この振る舞いの中には、ランダムに並んだ粒子に共通する法則が隠れているかもしれません。

また、細胞集団にも同じような現象が見られます。例えば肺の細胞はランダムに詰まって配置していますが、細胞同士がしっかり結び付いて流動性が低い状態では正常な組織を保っています。一方で、細胞が流動化すると組織の性質が変化し、喘息と関連すると指摘されています。さらに、がんの転移も、細胞集団が液化して流れ、周囲へ広がっていく現象として捉えることができます。このことから、ガラスの問題を理解することは、診断や治療にも応用できる可能性があるのです。
宮崎先生の研究では、複雑な現象をそのまま扱うのではなく、まず「何を知りたいのか」を明確にした上で、モデルを作ります。なるべく簡単な運動方程式を作り、できるだけ生物の本質を見失わないで単純化することが、現象の本質を再現する上で非常に重要です。例えば、鳥などの動きを再現する際に、鳥を点としてしまっても、「数秒間まっすぐ進んだ後、ランダムな方向へ進む」というルールを与えると、特徴的な振る舞いを再現できることがあります。

「研究では、何が見たくてモデル化したいか、モデル化のセンスが問われます」
宮崎先生は、ガラス転移の研究を「規則性を見つけるクイズ」のようなものだと表現します。対象ごとに用いるモデルや計算方法は異なりますが、その背後には共通して成り立つ普遍的な法則があるかもしれません。「ガラスでも、細胞でも、人間の集団でも当てはまることは、本当にワクワクする」と話します。
先生がこの分野に進んだきっかけは、原子や分子が司る世界を扱う、熱力学に興味を持ったことでした。熱力学では、原子や分子一粒ずつを追うのではなく、粒子を集団として扱い、目に見えるレベルで現れる性質や法則を扱います。「一つの現象を遠くから見れば見るほど本質が見える面白さ」に惹かれ、現在の研究にも通じています。たとえば満員電車を考えるときでは、一人ひとり違うはずの人を同じ「点」としてざっくり表すことで、普遍的な法則を見出そうという戦略です。
私は今回の取材を通して、ガラス転移は身近な現象でありながら、今なお解明されていない非常に興味深いテーマであることを知りました。グラスで水を飲む時に「このガラスは、本当に流れないのだろうか?いつか流れる究極の液体なのだろうか?」と考えるだけで、なんだかワクワクします。また、お話の中でこの「ワクワク」という言葉は何度も登場し、未知の現象を楽しむ先生の姿が印象的でした。私自身も氷河の研究を通して、熱力学の「全体を俯瞰することで本質が見えてくる」面白さに共感します。細かな現象を一つ一つ追うだけでなく、シンプルなモデルで考えることで、その背後にあるメカニズムが見えてくることがあります。対象は異なっても、複雑な現象の中から本質を見つける面白さは共通していると感じました。
「ガラス転移についてもっと学んでみたい」という方、宮崎先生は「まずは物理学と数学が基礎になります」とアドバイスしてくださいました。ぜひ基礎勉強を大切に、ガラス転移の奥深い世界を探ってみてください。もしそのほかに気になる点やご質問、さらに「この研究室ではどんなことをしているの?」「この研究についてもっと知りたい!」などございましたら、理学部公式Xまでご連絡いただけると嬉しく思います^^
ありがとうございました。
(文・大久保結実)