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研究室に行ってみた!

がん細胞を狙い打て!前例の無い次世代技術「ICIT」が医療を変える!?

 もしも、がん治療の新薬につながったら…。もしも、副反応が起こりづらいワクチンがあったら…。遠い未来の話のように思われますが、実は想像するより近い将来に現実となるかもしれません。名古屋大学大学院理学研究科の阿部洋先生は、mRNA(メッセンジャーRNA)を用いた研究を通じてその実現を目指しており、がん治療や遺伝子治療など幅広い医療への応用が期待されています。

阿部 洋 教授(生物有機化学研究室 阿部グループ:WEBサイト

 

 では、そもそも「mRNA」とはどのようなものでしょうか?

 mRNAは、「ヌクレオチド」と呼ばれる分子が鎖状につながった巨大な分子で、端には、「キャップ構造」と呼ばれる特殊な修飾が存在しています。このキャップ構造が目印となり、DNAの遺伝情報を「リボソーム」というタンパク質工場へ運び、タンパク質合成(翻訳)を開始します。現在実用化されている新型コロナワクチン等のmRNAは、生体内に存在するmRNAと同じく「直鎖状」ですが、研究では「環状」が注目されており、この形の違いが実は大きな鍵になっています。直鎖状と環状で一体何が異なるのでしょうか?

 まず、直鎖状に比べて、環状では安定性が向上します。 直鎖状mRNAは「端」が存在するため、生体内で酵素によって分解されやすいという弱点があります。また、その端が不要な反応を引き起こし、副反応や副作用の原因にもなります。一方、環状mRNAには末端が存在しないため、分解されにくく安定性が高いという特徴があります。

 現在、特に環状mRNAについて、主に以下二つの目標に向けて研究を進めています。

  1. 副作用のない医薬品: 正常な細胞には影響を与えず、がん細胞などの疾患細胞でのみピンポイントでタンパク質を作らせることで、副作用を劇的に抑制する。
  2. 診断と治療の一体化:細胞内の特定のマーカーを「診断」し、その存在を検知した場合のみ「治療」用タンパク質を合成するスイッチ機能を備えさせる。

 通常、環状mRNAはキャップ構造を持たないため、タンパク質合成は「オフ」、タンパク質が作られない状態にあります。そのため、従来の方法には、タンパク質を作る効率(翻訳能)が極めて低いという実用化への大きな壁がありました。これを解決したのが、先生が開発した「ICIT(Internal Cap-Initiated Translation)」という新技術です。

 まずICITでは、化学合成技術で環状mRNAの鎖の途中に、分岐構造である「枝」が作られました。そこにキャップ構造を直接共有結合で結合させます。すると、従来の方法に比べて200倍以上のタンパク質を合成することができるようになります。さらに、化学修飾を施すことで炎症反応を抑えることもできるようになり、生体内での持続的なタンパク質補充や抗体療法、遺伝子治療への応用が期待されています。

(図)従来の方法では、環状mRNA からタンパク質を合成するために、内部リボソーム進入部位(internal ribosome entry site, IRES)と呼ばれる 600塩基以上の長い配列を導入する必要がありました。
(図は次のページを元に作成。https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20250220_sci.pdf

 

 次に、環状mRNA自体にはあえてキャップを付けず、特定のRNAと結合した時だけ起動する「スイッチ」のような設計が行われました。がん細胞にはがん細胞内にのみ高発現している「マーカーRNA」があり、これは端にもともとキャップ構造が存在しています。環状mRNAが、このマーカーRNAに結合したときだけ、マーカーRNAのキャップ構造を「借りる」形で翻訳が開始、「オン」になる仕組みを構築しました。これにより、がん細胞内でのみ治療用タンパク質が合成されます。正常細胞ではマーカーRNAが存在しないため、環状mRNAを含む薬剤は「オフ」の状態を維持し、副作用をほとんど無くすことができます。

(図)「スイッチ」として機能する環状mRNAの概略図(左図:がん細胞、右図:正常細胞)

 

 従来の直鎖状mRNAは、もともとキャップ構造を持っているため、意図しない場所でもわずかに翻訳が起こる「漏れ」が課題でした。一方、ICITでは特定のマーカーRNAが存在する場合にのみ翻訳が開始されるため、「必要な時だけ働き、それ以外では全く働かない」という、非常に精度の高いオン・オフ制御が可能になります。また現在は、あらかじめ製造された抗体を投与する抗体医薬が主流ですが、これは主に細胞表面に存在する分子を標的としています。それに対してICITは、細胞内のマーカーRNAを直接読み取って細胞を識別するため、従来よりも高精度かつ多様ながん細胞を見分けられる可能性があります。

 これまでになかった革新的なタンパク質合成技術や、狙った場所だけで働くmRNA。このような次世代技術は、どのような発想から生まれるのでしょうか。その背景には、先生独自の研究観がありました。

 先生は研究について、「ルールが決まったゲーム」のような面白さがあると語ります。医療応用を目指す以上、「毒性を出してはいけない」「正常細胞には影響を与えてはいけない」といった多くの制約があります。しかし、その限られた条件の中でアイデアを考え抜くことに、研究の魅力、楽しさを見出していました。特に、誰もやっていないこと、前例のない研究に挑戦できる大学という環境で、単に既存研究を追いかけるのではなく、実験を通して新しい手法を生み出すことを大切にしている点が印象的でした。

 私は今回の取材を通して、先生自身の研究姿勢が、まるで「ある細胞内でのみオンになる」ICITの仕組みと重なるように感じました。毎日のように優れた論文が発表される中で、「すでにやられていること」を追いかけるのではなく、自分自身が観察した小さな違和感や現象に焦点をしぼり、そこから独自の発想へとつなげていく。必要なものを鋭く見極め、新しい可能性へと結びつける力こそが、次世代の医薬品開発を切り開いていると考えました。

 いかがでしたでしょうか?遠い未来のものだと思っていた理想的な医療が、「理学」を通して、少しずつ現実へ近づいていると考えると、今後の研究の発展や応用への広がりに胸が高まります。もし気になる点やご質問、さらに「この研究室ではどんなことをしているの?」「この研究についてもっと知りたい!」などございましたら、理学部公式Xまでご連絡いただけると嬉しく思います^^
ありがとうございました。

(文・大久保結実)

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