Rigaku Life
研究室に行ってみた!
「魔女の雑草」をやっつけろ!出会いがもたらした新たな発見とともに
ピンク色の花が綺麗に咲いた、この写真。実は、アフリカの深刻な食糧問題と繋がっています。ピンク色の植物は「ストライガ」と呼ばれる寄生植物の一種で、写真ではトウモロコシに寄生しています。寄生した植物から栄養を奪い枯らしてしまうため、アフリカで「魔女の雑草」と呼ばれ、恐れられています。日本の検疫も海外から入ってこないよう厳しく監視しており、国内では身近ではありません。一方、世界的には年間10兆円規模の被害を出し、3億人の人々の生活に影響していると言われています。名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所の土屋雄一朗先生は、そんな寄生植物が引き起こす問題に分子の力で挑もうと、現在研究を進めています。
ストライガは寄生しなくては生きられない植物。わずか0.1~0.3mmしかない小さな種は、発芽してから短時間で確実に寄生しなければなりません。そのため、宿主が近くにいることをちゃんと確認してから発芽します。そのときに目印とするのが、宿主の植物が出す「ストリゴラクトン」という分子。この分子はたとえば、発芽の誘導や枝分かれの調節、役に立つ微生物を引き寄せるなど植物の成長に欠かせない役割をいくつも持っています。
もしもこのストリゴラクトンを、作物を植える前に撒いたとしたらどうなるでしょうか?ストライガはタイミングを間違えて発芽し、寄生できずに息絶えると考えられます。種を枯らしてから作物を植えれば安心ですね。一方、ここで問題になるのが、その他の植物や微生物への影響です。ストリゴラクトンはさまざまな役割をもつ重要な分子だからこそ、むやみやたらに撒くことはできません。さらに、安価で大量に作るのが難しいことや、土の中での分解が速く、効果が続かないことなどから、新しい農薬としての実用化は望めませんでした。ストライガだけに効き、簡単に合成できて効き目も長持ちする分子はないか?新しい分子を求め、研究が始まりました。
ストリゴラクトンのような分子を「鍵」に例えると、ストライガはその鍵がはまる「鍵穴」の構造を同時に持っているはずです。鍵が鍵穴にはまることで発芽のシグナルが出る仕組みです。土屋先生はこの鍵穴を見つけ、その特徴を丁寧に調べることができれば、ストライガの鍵穴だけにぴったりはまる「鍵」、つまり新しい分子を合成できると考えました。
「ストライガは偶然の出会いから始めた研究です。当初、ストライガについてはほとんど知りませんでした。生態など、いちから勉強しながらでしたね」
ストライガの研究を始める前、もともと土屋先生はシロイヌナズナという別の植物の研究をしていました。逆にそれが役に立ちます。シロイヌナズナは別名ぺんぺん草とよばれる身近な植物で、厳しく規制されているストライガよりも扱いが簡単です。さらに、不明な点が多いストライガよりも研究が進んでいる植物でもありました。シロイヌナズナの種もストリゴラクトンによって発芽が促されることがわかっていました。そこで、ストライガの代わりにシロイヌナズナの突然変異をたくさんつくり、ストリゴラクトンに偶然反応しないシロイヌナズナを選抜。そのシロイヌナズナでは、ある遺伝子が壊れており、鍵穴であることがわかりました。しかも、それに”似た遺伝子”がストライガに11種類も存在していることが判明しました。はたして、この11種類の”似た遺伝子”の正体は、本当に鍵穴なのでしょうか?
通常ここまで突き止めると、次にその候補遺伝子に少し細工を施します。たとえば、「ストリゴラクトンとくっついたら光る」ようにしてみましょう。もしも、このストライガの種にストリゴラクトンをかけて光れば、その遺伝子は鍵穴に相当することが証明できます。
問題は、ストライガの取り扱いが難しく、くわえて11種類の候補遺伝子一つひとつに細工を施しそれぞれ実験するのはとても大変なことでした。そのとき、吉村柾彦先生(現・京大iCeMS)と出会います。この出会いこそが、壁を突破する決定打となるのです。
シロイヌナズナの研究などから、鍵穴の特徴として、はまった鍵の形を一部変えることがわかっていました。ストライガがもつ“似た遺伝子”が同じ性質を持つ鍵穴ならば、同様に鍵の形を変えるはずです。そこで、「鍵穴に形を変えられたら光る」鍵を作り出したのです。この光る鍵分子をかけたところ、ストライガの種は見事に発光し、同時に発芽したのでした。「ヨシムラクトングリーン」と命名されたこの分子は、今では市販化され、様々な研究に応用されています。
ストライガが持つ鍵と鍵穴の仕組みを解明したことがブレイクスルーとなり、その後の研究でストライガだけに作用するスフィノラクトン-7(SPL7)という分子が発見されました。このスフィノラクトン-7は、安価で大量に合成が可能なだけではなく、なんと琵琶湖の水量に小さじ一杯程度混ぜるだけで、写真のようにストライガの発芽を狂わせることができます。処理なしの写真では、ストライガが発芽し、寄生した植物が枯れていますが、スフィノラクトン-7をかけた方の写真では、ストライガは成長せず、植物は元気に育っています。
スフィノラクトン-7は、現在、毒性試験の一部を終え、ストライガに大きな被害を受けるケニアで実証試験が進められているそうです。
今回の取材を通して、植物の寄生という興味深い特徴や、寄生植物の発芽を狂わせ、食糧問題に立ち向かう研究の魅力を知りました。また、土屋先生がシロイヌナズナの研究をしていたところ、偶然ストライガの研究に出会ったり、吉村先生に出会ったりと、どんな出会いがどんな発見につながるか分からない研究の面白さを改めて実感しました。今後、スフィノラクトン-7の実用化が楽しみです!
(文・大久保結実)