People

天文の学芸員として

稲垣 順也

現在、名古屋市科学館にはプラネタリウムの解説者が7名いる。全員、天文が専門の学芸員で、プラネタリウムが主な仕事場だが、学芸員としての仕事、いわゆる博物館としての資料収集・保存、調査研究、展示、教育普及といった活動も行う。私は2015年に名古屋市科学館に就職して、今年で12年目になる。

私はもともと天文少年といったタイプではなく、高校までは野球部に所属し部活動に明け暮れていた。教員を目指して愛知教育大学に入ったものの、途中で教員免許を取るのではなく、代わりに学芸員免許を取ることを選んだ。学芸員の職が狭き門で、いつでも募集があるわけではないことは承知していたので、名古屋大学の大学院に院進した。

名古屋大学に在籍したのは大学院の2年間で、理学研究科、物理学教室の天文・宇宙物理学分野であるプラズマ理論研究室(P研)に所属していた。名古屋大学とは今も公開セミナー「天文学の最前線」や、坂田・早川記念レクチャーなどで関わりがある。

院生の頃の話。P研の研究室の居室があるES総合館6階、同じフロアに宇宙論研究室(C研)もあるのだが、当時、そのC研の掲示に名古屋市科学館の天文指導者クラブ(ALC)の募集案内があった。それに目を止めた私は、C研のPIだった杉山直さん(現総長)に話を聞いて、ALCの研修に申し込み、院生時代からボランティアとして名古屋市科学館と関わるようになった。その後、普通に就職活動をして一般企業に内定をもらっていた。いつかはどこかの博物館、科学館で学芸員として働きたい。という願望を持っていたが、ちょうど2014年に名古屋市科学館の募集があり、一縷の望みをかけて申し込んだ。そして、今では中堅と呼ばれるようにまでなった。

私は、科学館に入ってから天文学のいろいろな分野の知識を身につけた。大学や大学院のときの研究はバックグラウンドにはなっているが、星座や神話など、天文文化的なことにも興味を広げて調べるようになった。本が好きで、科学史や科学哲学にも興味があったから、自分の特長として、それら理学以外の分野にも触手を伸ばそうとしている。

暗闇での50分間の台本なしの生解説には、解説者の人柄が出ると言われる。新人の頃はひどく緊張して、間違ったことを口走ってしまったり、予定より早く終わってしまったりもした。いずれにせよ、自分の能力以上のことはしゃべれない。天文の学芸員は、必ずしも天文学の研究者、つまり、ある特定の分野のスペシャリストではないが、天文分野に携わる人間として、広く天文学全般の知識をもったジェネラリストでなければならないと思う。プラネタリウムの一般投影はほぼ月替わりでテーマを変えてさまざまな天文の話題を取り上げて話している。

何か一貫して一つのことを突き詰めてきたわけではない自分に、今の職は向いているのかもしれない。寄り道に思えても、振り返ればつながっていることもある。例えば、大学院の頃に携わったシミュレーションの経験や、解析やデータのプロット、プログラミングなどは、今の仕事でも天文データの可視化や、番組制作のプログラミング、また、どうすればわかりやすく天文現象を伝えられるかというところでつながっている。大学・大学院で学んだことは自分の血肉となっているが、まだまだ知らないことは多く、天文学への興味は尽きない。自分はまだまだ浅学の身である。

稲垣 順也

FUJIなごや科学館学芸課学芸員

愛知県岡崎市生まれ。2013年、愛知教育大学教育学部現代学芸課程自然科学コース宇宙・物質科学専攻卒業。ブラックホール磁気圏が専門の高橋真聡教授のもとで学ぶ。KEKのサマーチャレンジに参加した事も思い出深い。サマチャレ5期生。2015年、名古屋大学大学院理学研究科素粒子・宇宙物理学専攻博士前期課程修了。P研では現核融合科学研究所教授の樋田美栄子先生に指導を仰いだ。2015年4月から名古屋市科学館学芸員。

この記事をシェアする

  • twitter
  • facebook
  • LINE

PAGE TOP