小学校の頃から理科が好きで、授業を聞き、板書を書き写しているだけで良い点数が取れた。大学受験ではそれなりに努力や苦労をしたものの、化学と物理は得意なつもりでいた。しかし名古屋大学理学部に入って早々に挫折し、翌年には意欲がもてそうに思えた生命理学科に所属した。その裏では高校時代にクラスメイトとロックのコピーバンドから始めたドラムで、ジャズのサークルに所属し音楽に傾倒していった。徐々に学業では落ちこぼれ、音楽を本気でやりたい、留学したいという気持ちが強くなり、いよいよ休学か退学かという状況になった。しかし学外で習っていたドラムの師匠に説得されて卒業はすることにした。
大学にまた通いだすのだが、自分の決意を変だと思う人たちばかりだろうと想像していた。けれど自分のやりたいことをはっきり伝えれば、ありがたいことに理解してくださる人たちもいた。故近藤孝男先生にはご自身の経歴と照らし合わせてミュージシャンになろうとする自分を応援していただいた。所属した研究室でも温かく見守っていただき、生物と全く関係がないアメリカの音楽大学への願書提出でもお世話になった。そんなこんなで名大を卒業した半年後、ボストンのバークリー音楽大学に入学した。
二回目の大学生活は本当に楽しく、真面目に出席し成績も良かった。授業は楽器のレッスンに始まり、音楽理論、作編曲、イヤートレーニング、アンサンブル、西洋音楽史、指揮法、一般教養科目を履修した。一般教養科目は、名大から単位を移行できたものもあったが、ESL(English as a Second Language)、カレッジライティング、世界史、美術史を受講しなくてはならなかった。バークリーはジャズ演奏を学ぶ大学だと日本では認識されていると思うが、実はポピュラー音楽、映画音楽、レコーディングエンジニア、ミュージックビジネス、教育、音楽療法などの専攻もある。そして演奏家を目指すとなると成績が良いだけではダメで、もちろん技量も必要となる。特にジャズでは学生間にミュージシャンとしてのヒエラルキーが存在した。卒業が近くなると学内で活躍する人たちと仲良くなり自分としては上達しているとは思ったが、大学院に進むことにした。
アメリカでは音楽大学に限らず、多くの大学に音楽科がある。ジャズはアメリカの伝統音楽で研究の対象でもあり、ジャズ演奏またはジャズ史の博士課程もある。ニュージャージーにあるラトガース大学のジャズ科修士課程へ進学し、ニューヨークから通った。ボストンにいた時にはそこで経験したものが「アメリカ」だと思っていたが、ニューヨークにもニュージャージーにもそれぞれ違う文化があることがわかった。音楽に関しては、ボストンでのヒエラルキーは学内だけで通じるもので、良いとされるものや価値観などはそれぞれの場所で少しずつ違った。
現在はニューヨークで演奏活動やドラムを教えたりして生活している。名大に行ったことは遠回りだったのではと聞かれたら、自分は名大に行って卒業して本当に良かったと思っている。頑張って受験勉強をすることは一生の糧となるし、コロナ禍でmRNAワクチンが登場した時には生命理学科での講義を思い出した。名大在学中に出会った理学部、生命理学科、サークル、学外の人たちとのつながりは宝である。今回原稿を書く機会に恵まれて、我ながら異色な経歴だと思ったが、なにかしらの共感や興味を持っていただけたなら幸いである。


