最近気になった科学ニュースはあるだろうか。
2021年に宇宙空間に飛びたち活躍するジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡かもしれないし、先日ノーベル物理学賞で発表された「機械学習」かもしれない。しかし、興味をもって調べてみても記事の内容がわからないことはよくある。こうした状況の改善・解決を目指し、科学技術をわかりやすく、そして親しみやすいかたちで人々に伝える活動を「アウトリーチ」とよぶ。
私は今、KMI Science Communication Team(SCT)に所属し、名古屋大学の素粒子・宇宙物理分野に関心のある学生メンバーたちといっしょに、アウトリーチに挑戦している。私たちが最近、とくに力を入れて取り組んでいる活動が、ポッドキャスト「素粒子宇宙円卓会議」の制作だ。この企画は、主に素粒子・宇宙分野の研究者と学生メンバーの対談を通して、最前線にある研究の世界、そして研究者の暮らしぶりを親しみやすく発信することを目的とし、これまで13回のエピソードを配信してきた。また、主に小学生を対象としたワークショップの開催も活動の主軸である。日常生活でおおよそ出会うことはない「自発的対称性の破れ」について、シャボン膜を用いた実験で考察・観察してもらう企画は毎回非常に好評だ。
一般に、このようなアウトリーチ活動は、大学教員などの研究最前線で活躍する研究者によって行われる。一方で、学生は研究者ではあるが、専門を極める道半ばである。では「学生がアウトリーチを行うこと」の意義とはなんだろうか。私は、KMISCTに参加して初めてその強みを実感した。そのきっかけとなったのが、上で述べたポッドキャスト企画の制作だ。学生は研究者としての経験が豊富でないからこそ,一般の人々に近い視点で科学を捉え、率直に疑問や興味をぶつけることができる。これによって学生ならではの親しみやすさ・わかりやすさが出せる。実際、先日YouTubeに投稿した台湾の国立中央大学の井上優貴准教授との重力波望遠鏡を支える技術についての動画では、「研究者の人柄が現れていて、とてもわかりやすい動画でした」とのコメントをいただいている。
一方で、KMISCTのメンバーである上道氏は「子どもたちの目線に立って、子どもたちに夢を届けたい」という思いで活動に臨んでいる。彼の研究内容はワームホールの理論的な検証である。ワームホールとは時空のある一点から離れた一点を結ぶトンネルのような時空構造である。実際に通り抜けられるワームホールを、通常の物質で構成するのは難しいとされている。ワームホールが実現すればタイムトラベルも可能になるかもしれない。上道氏がその道を志したきっかけは、科学館でワームホールやタイムトラベルの話を聞いて「いつかタイムトラベルを実現したい」という夢を抱いたことだそうだ。この経験が、彼の研究の原動力になっている。アウトリーチがきっかけで、人生の目標を見つけることができたように、自らも次の世代にバトンを渡したい。そのために子どもたちから見て近い学生である今、自分の研究する姿を見せていくことが彼の「アウトリーチ」である。
人類のこの宇宙に対する理解は日々深化しつつあるが、それに伴い一般市民の持つ知識とのギャップも大きくなりがちである。私たちKMISCTは学生であることの強みを最大限に生かし、親しみやすいアウトリーチ活動を通じてこのギャップをていねいに埋めていくことを目指している。さらには、同じ志をもつ次世代を育て、ひいては自然科学全体の発展に貢献していきたい。