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準結晶に特有の物性を追い求めて

出口 和彦

「第3の固体」の発見-準結晶-

私たちの周囲にある固体の物質の多くは結晶とよばれるもので、その中の原子やイオンは規則正しく整列している。原子配列に秩序があり、周期的(等差数列)な特徴を持つ(図1左)。日常生活に現われるその例は数限りなく存在する。ガラスも身近な存在であるが、そのなかの原子はでたらめに配列し、アモルファス(第2の固体)とよばれている。原子配列が秩序をもたず、均一に乱れている特徴をもつ。結晶とアモルファスの存在は古くから知られているが、準結晶がシェヒトマン博士(2011年のノーベル化学賞を受賞)によって発見され、シェヒトマン博士らによって命名されたのは1980年代に入ってからのことである。準結晶は原子配置が特殊ではあるが規則性が存在する。原子配列に秩序があり、準周期的(黄金比のような無理数比の等比数列)な特徴をもつ(図1右)。そのため、回折実験ではブラッグ反射が観測され、結晶と似たような性質を示すが、その回転対称性は5回対称など結晶では許されないものを含んでいて、どちらにも分類できなかった(図2)。シェヒトマン博士による「第3の固体」の発見以来、原子がどのように並んでいるかという準結晶の構造については研究が大きく進展した。発見当初は第3の固体とよばれた準結晶も現在では広義の結晶(離散的でシャープなスポット(ブラッグ点)を回折図形に生じるもの)と定義されている。現在では、100種類以上の合金系で準結晶が合成され、最近ではポリマー、コロイド、メソ多孔体シリカ(これらの物質の準周期スケールは原子スケールより1~2桁大きい)でも発見され、天然鉱石の中にも見つかっている。

図1 近似結晶(結晶相)(左)と準結晶(右)の構造

正20面体が周期的な格子点上(左)または準周期的な格子点上(右)に整列している。準結晶中の原子は、特殊な規則性(準周期性)の長距離秩序をもつ。準結晶(右)では結晶(左)では許されない5回対称性を反映した正5角形が見られる(Nature Materials 11, 1013 (2012)より改編)。

図2 準結晶のラウエ写真(左)、単結晶試料(中)、対称性を表現する正20面体(右)

準結晶を特徴づける5回回転対称性をもつ原子の長距離秩序を示す回折像(左)と結晶面(中)が見られる。この準結晶は正20面体の対称性(右)をもち、周期性をもつ結晶では実現しない対称性が構造に現れている。

準結晶中の電子は秩序化するのか-超伝導-

合金系の準結晶は、2次元(正8、10、12角形相)と3次元(正20面体相)が見つかっており、正20面体相は構成要素によりMackay型クラスター、Bergman型クラスター、Tsai型クラスターの3種類に分類されるクラスター構造をもつ準結晶が見つかっている。原子が準周期的な長距離秩序をもつ準結晶中において電荷・スピンをもつ電子がどのような長距離秩序をもつのか非常に興味をもたれていたが、準結晶における電子の長距離秩序は見つかっていなかった。近年ようやく、Tsai型クラスターをもつ2種類のAu-Ge-Yb合金系の近似結晶(結晶相)(図1左)において超伝導が我々の実験で見つかった。一方は0.68 Kの超伝導転移温度Tcをもつ非磁性物質であり、もう一方は0.36 KのTcをもつ磁性物質であることがわかった。その後、Bergman型クラスターをもつAl-Zn-Mg合金系の準結晶において、準結晶中の電子にも引力が働くことによりTc ≅ 0.05 Kで超伝導が発現することが名古屋大学のグループを中心とする共同実験で確かめられた(図3左)。この準結晶の超伝導の発見によって、はじめて準結晶中の電子の長距離秩序の存在が明らかになった。準結晶については、まだ超伝導を引き起こすクーパー対の状態については明らかになっていないが、理論研究によれば、準結晶の超伝導は従来の結晶における超伝導とは異なるタイプの電子対、磁場中における特異な超伝導状態、非従来型超伝導・トポロジカル超伝導が発現することも期待されている。

 

図3 準結晶で見つかった超伝導(左)と量子臨界現象(右)
電子の長距離秩序である超伝導がはじめて準結晶で発見された(Nature Communications 9, 154 (2018)より改編)。さまざまな物理量が絶対零度に向かって発散する量子臨界現象が準結晶で見つかった(Nature Materials 11, 1013 (2012)より改編)。

準結晶に特有な物性はあるのか-量子臨界現象-

準結晶の構造についての研究は大きく進展したが、結晶とは異なる物性、準結晶に特有な物性については未だ明らかになっていない。Au-Al-Yb合金系の正20面体準結晶(図1右)・近似結晶(結晶相)(図1左)は希土類YbがYb3+(磁性)とYb2+(非磁性)の中間価数状態であることが実験で明らかになっている。Au-Al-Yb準結晶について常圧・ゼロ磁場で磁化率、比熱のC/T、さらに核スピン格子緩和時間の(T1T )-1を実験で調べたところ、さまざまな物理量がT → 0 Kで発散する量子臨界現象が見つかった(図3右)。今までにないタイプの量子臨界現象であり、異常な金属の性質を示しているようにみえる。一方、近似結晶(結晶相)では発散は示さず、電子相関が強い通常の金属の性質が観測された。結晶では量子臨界現象は量子相転移を起源としているので、圧力で簡単に抑制されることが知られている。違いをより明確にするために圧力下の実験を行うと、準結晶の量子臨界現象は準周期性・回転対称性を変えないような静水圧に対して変化しないことがわかった。量子相転移なしで準結晶の量子臨界現象が現れているとすれば、準結晶特有の構造・電子状態に関連して量子臨界現象や異常な金属状態が発現しているという可能性があり、準結晶に特有な物性探索の端緒になると考えている。

今後の展望

準結晶・近似結晶における強相関電子系の研究を通して「準結晶に特有な物性」の探索を始めたが、結晶における研究に比べるとまだ日が浅い。準結晶の中の電子(電荷・スピン)の長距離秩序やダイナミクスの研究が進みつつあり、特に局在スピン磁性については近年も精力的に研究が進められ、Tsai型クラスターをもつ正20面体準結晶でスピンの長距離秩序による強磁性が発見された。また、準結晶の高温比熱がデュロン・プティの値をはるかに上回る6Rに漸近する現象も確認され、準結晶の構造の高次元性と結びつく物性も実験で確かめられている。準結晶の研究は、広義の結晶の固体物理学へ至る道であり、物質のバリエーションについても多くの可能性を秘めていて、面白い物理の発見につながると信じている。

 

動画1 わからないから面白い! ハイパーマテリアルってなに?
準結晶についてわかりやすく解説した動画の第1弾。Credit: 新学術領域研究 ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学(JP19H05817, JP19H05821)【字幕入り:https://youtu.be/B50StHl9NPQ

 

動画2 わからないから面白い! ハイパーマテリアルってなに?Ⅱ(クラスター編)
準結晶についてわかりやすく解説した動画の第2弾。Credit: 新学術領域研究 ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学(JP19H05817, JP19H05821)【字幕入り:https://youtu.be/Mv4PEyw047c

 

動画3 わからないから面白い! ハイパーマテリアルってなに?(インタビュー編)
2011年度ノーベル化学賞の受賞者ダニエル・シェヒトマン博士へのインタビュー動画。Credit: 新学術領域研究 ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学(JP19H05817, JP19H05821)
* デュロン・プティの値
原子の自由度とエネルギー等分配則と結びついた格子比熱の漸近値=(原子の自由度)×RRは気体定数

出口 和彦

物理学科 大学院理学研究科理学専攻講師

1976年石川県生まれ。1999年京都大学理学部卒業、2004年京都大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。2004年京都大学大学院理学研究科21世紀COE研究員、2004年名古屋大学大学院理学研究科助手、2007年名古屋大学大学院理学研究科助教、2012年、2014年INAC/SPSMS, CEA-Grenoble, France, Visiting Researcherを経て、2015年より現職。専門は磁性・超伝導・低温物理、特に準結晶を含む広義の結晶の強相関電子物性の研究。

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