Frontrunners

巨大翼竜は飛べたのか

後藤 佑介

大きな鳥は風や気流を使って飛行する

私は普段、野生の鳥類に行動記録計を装着し、彼らの移動データからその戦略を読み解く研究を行っている。特に風を利用して飛ぶ鳥の移動戦略に興味を持って研究を行ってきた。鳥類の中でも大型鳥類の多くは羽ばたき飛行ではなく、風や気流を使って翼を動かさずに飛ぶ滑空飛行(ソアリング)を主な移動手段に使う。現生の鳥類のソアリング飛行は大きく分けて2種類あり、コンドルやワシ、グンカンドリ(図1)のように上昇気流を使って上昇と滑空を繰り返すサーマルソアリングと、アホウドリ(図2)やミズナギドリのように海上の風速勾配を使ったダイナミックソアリングがある(図3)。これらソアリング飛行中の鳥はグライダーのように翼を動かさないため、その飛行はグライダーと同様にニュートンの運動方程式でよく記述できることが知られている。

図1 グンカンドリの親子

現生鳥類の中でも特に高いサーマルソアリングの能力をもつ。左が雛鳥、右が親鳥。

図2 ワタリアホウドリ

最大級の現生鳥類。翼開長は3mを超える。飛行時間のうち大半はダイナミックソアリングを使って飛ぶ。

図3 サーマルソアリングとダイナミックソアリングの模式図

サーマルソアリンでは上昇気流、ダイナミックソアリングは海上の風速勾配を鳥は使う。

絶滅巨大飛行生物もソアリング飛行をしたのか

さて、これらのソアリングをする鳥類は翼を広げた長さ(翼開長)が3m以上に達する大型の種もいるが、古生物図鑑を開けば翼開長が6〜10mにも達する巨大な翼竜や鳥が数多く登場する(図4)。これら絶滅した巨大鳥類や翼竜種も、現代の大型鳥類と同様にソアリング飛行を主な移動手段に用いたと考えられてきた。しかし、彼らのソアリング能力を実際に計算し、性能を評価した研究はほとんどなかった。私は現生のソアリング飛行をする鳥類の行動を調べるうちに、絶滅種のソアリング能力に興味を持った。そこで、現生種の解析に使っていた力学モデルに、古生物学者達がこれまで行ってきた絶滅種の形態推定値を入力することで、2種の絶滅巨大鳥類(アルゲンタビス、ペラゴルニス・サンデルシ[翼開長6〜7m])と2種の翼竜(プテラノドン[翼開長5〜6m]、ケツァルコアトルス[翼開長10m])、そしてソアリングをする現生種について彼らのダイナミックソアリングとサーマルソアリングの能力と持続的なソアリングに必要な風速を計算、比較した。

図4 ケツァルコアトルス

史上最大級の翼竜。本種の翼開長は10mに達したとされる。(イラスト:きのした ちひろ)

ケツァルコアトルスはソアリング飛行が苦手

その結果、アルゲンタビスは従来の説通りサーマルソアリングに適していたこと、ペラゴルニスはダイナミックソアリングをしていたと考えられていたが、サーマルソアリングに向いていたことがわかった。またプテラノドンは、ダイナミックソアリングに適していたとする研究と、サーマルソアリングに適していたとする研究があったが、我々の結果は後者を支持した(図5)。最後に、史上最大級の飛行生物とされるケツァルコアトルスは、ダイナミックソアリングとサーマルソアリングいずれの能力も現生種に比べて低く、ソアリング飛行に不向きであったことがわかった。図6は本種のサーマルソアリング能力の低さを示している。サーマルソアリングでは、鳥は上昇気流を受けながら円軌道を滑空することで上昇する。上昇気流の速度が、生物が滑空で降下する速度を上回れば生物は上昇できる。また、滑空する円の半径が小さいほど、上昇気流が強い範囲にとどまりやすくなり有利である。よって、できるだけ小さい半径を、小さな降下速度で滑空できるほど、サーマルソアリングの能力が高い。図6は現生種と絶滅種について力学モデルから計算した、旋回半径(横軸)に対する降下速度(縦軸)を示している。線が左上にあるほどその種のサーマルソアリングの性能が高いことを意味する。ケツァルコアトルスだけ極端にサーマルソアリングの性能が低いことが見てとれる。

絶滅飛行生物の中でも特にケツァルコアトルスは、その飛行能力について長年にわたり議論がされてきた種だ。先行研究では、本種はその巨体のために羽ばたき飛行を短時間しか続けられず、長距離移動をする際にはサーマルソアリングに頼っていたとされてきた。しかし、今回の我々の研究によってケツァルコアトルスのサーマルソアリング能力が低いことが新たに判明したため、本種並びに同サイズの超大型翼竜は、稀に羽ばたき飛行をするのみで、ほとんど飛ばずに陸上生活をしていた可能性が高いと考えられる。

図5 現生と絶滅した大型鳥類と翼竜のソアリング方法
ピンク矢印左が先行研究で考えられていた飛行方法、右が本研究の結果。(イラスト:きのした ちひろ)

図6 サーマルソアリング性能の種間比較
現生鳥類、絶滅鳥類、翼竜およびグライダーの円軌道旋回時の、旋回半径に応じた降下速度。(絶滅種イラスト:きのした ちひろ)

絶滅種の飛行能力をさらに探るために

本研究の結果は、ケツァルコアトルスをはじめとする、絶滅した大型翼竜や鳥類達の当時の暮らしぶりに関して我々の従来の理解を更新し、今後、古生物図鑑の説明や映画の描写を塗り換えることが期待される。ただし今回の研究で巨大翼竜の飛行能力の議論に決着がついたと考えるのは早計だろう。巨大翼竜の化石は体のごく一部しか見つかっておらずその形態の推定値は今後新たな化石の発見によって大きく変わり得る。また本研究では扱えなかったが、本種が生息していた場所では現代に比べて遥かに強い上昇気流が吹いていたかもしれない。よって絶滅巨大飛行生物のソアリング能力のさらなる解明には、古生物や古気候など、さまざまな分野の新たな情報の活用が不可欠だ。本研究で私達が提示したソアリング能力定量化手法の利点は、そのような形態や環境の新たな推定値が得られた際に、形態情報に基づく飛行能力の推定値の更新や、推定された環境下で対象種がソアリング飛行を持続的に行えたかなどの定量的な議論を可能にする点だ。そのため古生物学、工学、動物行動学、古気候学などさまざまな分野の研究者が、各分野の知識を持ち寄り、協力しながら、絶滅飛翔生物の飛行性能を今後さらに解き明かしていくための、理論的土台として本研究が今後役立つことを期待している。

後藤 佑介

地球惑星科学科 大学院環境学研究科地球環境科学専攻准教授

1986年長野県生まれ。2010年東京大学理学部物理学科卒業。2012年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。2018年3月東京大学農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。その後、東京大学大気海洋研究所特任研究員、日本学術振興会海外特別研究員(CNRS フランス)、名古屋大学特任助教等を経て2023年より現職。

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