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植物の気孔開口を制御する「刺激物」

相原 悠介木下 俊則

気孔を通じた植物のガス交換

植物の表皮には気孔が数多く存在し、植物はこの孔を通して光合成に必要な二酸化炭素を取り込み、また、蒸散や酸素の放出など、大気とのガス交換を行っている。一つの気孔は一対の孔辺細胞により構成され、太陽光に含まれる青色光に応答して開口する。一方、気孔は、周囲の暗さや乾燥ストレスに応答して生合成される植物ホルモン・アブシジン酸に応答して閉鎖する(図1)。孔辺細胞に青色光が当たると、光受容体であるフォトトロピンが活性化し、細胞内でその情報が伝わることにより細胞膜プロトンポンプが活性化され、その後、孔辺細胞内にカリウムイオンが取り込まれることで最終的に気孔が開口する(図2)。細胞膜プロトンポンプの活性化は、気孔開口の駆動力を生み出す重要な反応であるが、青色光がどのようにプロトンポンプを活性化するのか、細胞内でその情報が伝わる機構の詳細は完全には明らかになっていない。

図1 気孔の開閉運動とその役割

気孔は光(青色)によって開口する一方、周囲の暗さや、乾燥ストレスにより生合成される植物ホルモン・アブシジン酸(ABA)に応答して閉鎖する。気孔は、光合成に必要な二酸化炭素の唯一の取り込み口としてはたらく。

図2 青色光による気孔開口のシグナル伝達

青色光は、フォトトロピンに受容され、細胞膜プロトンポンプを活性化し、カリウムイオン(K+)取り込みを誘導する。これにより、浸透圧が上昇し、水が取り込まれ、孔辺細胞の体積が増加することで気孔が開口する。本研究ではBITCが細胞膜プロトンポンプの直接的なリン酸化とそれに伴う活性化を抑制することを明らかにした。BLUS1、BHPとPP1はシグナル伝達に関わると考えられているシグナル伝達因子。

気孔の運動を制御する薬を開発

私たちの研究グループは、これまでの基礎研究の成果に基づいて、植物成長における気孔の重要性を実証する研究にも取組んできた。その結果、光による気孔開口が促進された植物では、光合成活性が高まり、植物の生育が促進され、イネでは収量が増加すること[1][2]、一方、気孔が閉じやすい植物では、乾燥耐性が高まることが明らかとなってきた[3]。しかしながら、これらは農業での受け入れの難しい遺伝子組換えを用いた技術であった。そこで、並行して、化合物ライブラリー*1の中から、気孔開口に影響を与える化合物を網羅的に探索する研究を進めてきた。それら中でもSCL1と名付けた化合物は高い気孔開口抑制効果を発揮し、これを植物の葉に塗布することで植物の萎れを遅らせることができたことから、乾燥耐性付与剤としての可能性が示された[4]。しかし、SCL1は葉面散布での効果が低いため、気孔開口抑制および萎れ抑制効果が限定的だった。

そこで、天然由来の化合物が含まれる既存化合物ライブラリーを用いた化合物の網羅的な探索をさらに行い、アブラナ目植物が産生する天然物のベンジルイソチオシアネート(BITC)が高い気孔開口抑制活性を示すことを見出した[5]。BITCは、西洋ワサビやマスタードなどの辛味(刺激)成分の一つとしてよく知られているが、以下に、私たちが新しく発見した植物自身にとっての働きについて紹介する。

BITCの働きの解析と機能強化

詳細な解析により、BITCが開口のエンジンとなる細胞膜プロトンポンプのはたらきを抑制することで、気孔が開かなくなることがわかった。さらに、BITCはキクの切花の葉に直接塗布するだけで萎れを遅らせる鮮度保持効果を発揮することがわかった。

ついで、有機合成化学の研究グループと共同で、BITCよりも活性の高い類縁化合物*2(スーパーイソチオシアネート(スーパーITC))の開発を試みた。ツユクサを用いてその効果を調べた結果、活性に重要なイソチオシアナト基(-N=C=S)を二つ、三つと増やした類縁化合物がそれぞれ17倍、66倍と飛躍的に向上した強力な活性を示すことがわかった (図3)。これらスーパーITCは、気孔の開口をより長く抑制できることやBITCが有していた副作用を軽減できる、といった点において、強力な気孔開口抑制活性を有する植物ホルモンのアブシシン酸(ABA)を凌駕する活性を有していることが明らかとなった。さらに、スーパーITCは土植えの植物(ハクサイ)に対しても長時間の乾燥耐性を付与することがわかった(図4)。

図3 スーパーITCの開発

BITCにイソチオシアナト基(-NCS)を複数付加した類縁化合物は、BITCよりもはるかに低い濃度で効果を発揮し、活性が大幅に向上していることが示された。1μMは100万分の1モル毎リットルの濃度。

図4 BITCおよびスーパーITCによる萎れ抑制効果

(上図)BITCとスーパーITC(m-bis-BITC)をキクの切花に処理し、水を抜いてから1.5時間後の様子。対照処理と比較して、いずれも萎れが顕著に抑制された。m-bis-BITCは効果を発揮するのにBITCの1/50の使用量で十分だった。(下図)スーパーITC(m-bis-BITC)をポット植えのハクサイに処理し、水を抜いてから24時間後の様子。対照処理と比較して萎れが顕著に抑制された。1μMは100万分の1モル毎リットルの濃度。

実用化への期待と新たな研究展開

本研究で気孔開口抑制する効果を見出したBITCは、アブラナ目植物由来の天然物である。植物における本来の役割としては、植物が傷害やストレスを受けたときに産生され、虫害などから身を守る物質として知られていた。今回の研究により、それだけではなく、気孔開口のブレーキとして働く可能性が新たに示された。この働きを利用することで、収穫後の葉野菜への安全な鮮度保持剤などの新たな用途の開発につながることが期待される。一方、今回開発したスーパーITCは、BITCよりはるかに低濃度でかつ長期間の効果を発揮することから、切花の鮮度保持剤や乾燥地での乾燥耐性付与剤など幅広い活用が期待される。

上述したように、BITCは辛味(刺激)成分の一つとしてよく知られる。シンプルな化学構造で反応性の高い分子であることから、気孔への作用についても「無差別にタンパク質と反応してしまう結果(ただの毒)ではないか」との先入観と批判があった。これは高い濃度では実際そうだが、今回我々が用いているような低い濃度では、特定のタンパク質を標的とすることを示唆する証拠を得ており、実際にそのような作用標的を見出すべく基礎研究を進めている。今後の研究により、植物が気孔開口を制御する分子メカニズムの一端を明らかにするとともに、植物がつくる「辛味(刺激)分子」の植物自身に対する働きを明らかにしていきたい。

*1 化合物ライブラリー
構造、分子量、膜透過性が異なる化合物を集めたセットのこと。今回の研究では、天然由来の化合物が含まれる、381種類の既存化合物を集めたライブラリーを使用した。
*2 類縁化合物
ある化合物と性質や構造が類似しているが、ある化合物の原子または原子団が別の原子または原子団と置換された組成をもつ別の化合物。

参考文献

  • Wang et al. (2014) Proc. Natl. Acad.Sci. USA; Philosophila (2014)
  • Zhang et al. (2021) Nat. Commun.
  • Tsuzuki et al. (2013) Front. Plant Sci.
  • Toh et al. (2018) Plant Cell Physiol.
  • Aihara et al. (2023) Nat. Commun.

相原 悠介

トランスフォーマティブ生命分子研究所特任講師
国立研究開発法人科学技術振興機構さきがけ研究者

【写真右】1983年生まれ。2006年京都大学理学部卒業。2012年京都大学大学院理学研究科博士課程終了。2012年基礎生物学研究所研究員、特任助教、NIBBリサーチフェロー、2018年名古屋大学大学院理学研究科研究員を経て、2022年から現職およびJSTさきがけ研究者。博士(理学)。専門は植物分子生理学、植物ケミカルバイオロジー。

木下 俊則

生命理学科 大学院理学研究科理学専攻教授
トランスフォーマティブ生命分子研究所教授

【写真左】1968年生まれ。1991年九州大学理学部生物学科卒業。1994年九州大学大学院理学研究科博士課程中途退学。同・教務員、助手を経て、2007年名古屋大学大学院理学研究科・准教授、2010年同・教授。2013年から現職。博士(理学)。専門は植物分子生理学。

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