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量子化された対称性

荒野 悠輝

群論

図形や数、空間などといった数学的対象を考えるにあたって、しばしばその対称性が重要となる。点対称や線対称などをはじめとして、たとえば、図1にあるように正三角形は$120^\circ$回転させることや軸$l,m,n$について反転させることについて対称である。もう少し高尚な例をあげると、$2$の平方根$\sqrt{2}$は$2$乗すると$2$になる数のうち、正なものと定義される。しかし、虚数単位$i = \sqrt{-1}$は$2$乗すると$-1$になる$2$つの数のどちらを$i$と$-i$にするか普通指定しない。これは初めにどちらを$i$にするか指定してしまえば、どちらであっても困らないからである。実際、どちらを$i$だと思って計算しても最終的な答えは同じものになる。このようなものも複素数の対称性と思うことができる。このような対称性全体を考えたものを群という。

図1 正三角形の対称性

置換群と量子置換群

$n$点の対称性のことを置換群$S_n$という。すなわち、$S_n$の元とは、$n$点$\{1,2,\dots,n\}$の並び替えのことであり、したがって、$n!$個の元をもつ。たとえば、$1,2,3,4,5$を$5,1,3,2,4$の順に並び替えるものは$S_5$の$1$つの元である。

置換群は置換行列によって行列がなす群だと思うことができる。ここで、置換行列とは
\[\left(\begin{matrix} u_{11} & u_{12} & \dots & u_{1n} \\ u_{21} & u_{22} & \dots & u_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ u_{n1} & u_{n2} & \dots & u_{nn} \end{matrix} \right) \]
であって、
\begin{equation}
\tag{☆}
\text{各行、列ごとにちょうど一つだけ$1$があり、残りがすべて$0$である}
\end{equation}ような行列のことである。たとえば、
\[U = \left(\begin{matrix} 0 & 0 & 1 & 0 \\ 1 & 0 & 0 & 0 \\ 0& 1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 1 \end{matrix} \right)\]
は置換行列である。このとき$U\left(\begin{matrix} x_1 \\ x_2 \\ x_3 \\ x_4 \end{matrix} \right) = \left(\begin{matrix} x_3 \\ x_1 \\ x_2 \\ x_4 \end{matrix} \right)$となるので、対応する点の並び替えとしては、$1,2,3,4$を$3,1,2,4$の順に並び替えるものだと思うことにする。

ここで、置換行列の条件(☆)を等価な条件
\begin{equation}
\tag{☆☆}
u_{ij}^2 = u_{ij}, \qquad \sum_{k=1}^n u_{ik} = \sum_{k=1}^n u_{kj} = 1
\end{equation}
で書き換えることを考える。(☆☆)を満たす実数$u_{ij}$はもちろん置換行列の条件を満たすものしかない。一方、実数の世界から少し拡張して、各成分がさらに行列になっているものを許して、(☆☆)を満たすものを探してみる。すると、(☆☆)を満たす行列$u_{ij}$として、たとえば$n=4$で
\[\left(\begin{matrix} \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 1/2 & -1/2 \\ -1/2 & 1/2 \end{matrix} \right) \\
\left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 1/2 & -1/2 \\ -1/2 & 1/2 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 1/2 & 1/2 \\ 1/2 & 1/2 \end{matrix} \right) \\
\left(\begin{matrix} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 1 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) \\
\left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 1 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 1 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) & \left(\begin{matrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{matrix} \right) \end{matrix} \right)\]
が見つかる。このような行列の集まりもある種の対称性と思うことができ、それらを集めてきた構造を量子置換群$S_n^+$とよぶ。

より一般にこのような方法で従来の対称性を拡張して、行列からくるような対称性を許したものを群と対比して量子群とよぶ。これは力学において物理量という数を行列で置き換えることで量子力学を理解するものと思想的によく似ていることから量子という名前をつけたものである。

部分因子環

前項で述べたような複素数の対称性はGalois理論とよばれる理論のもっとも単純な場合である。これは方程式の解について調べる数学の一分野であり、複素数の対称性は、実数を含む数である複素数の対称性であると同時に、実係数の方程式
\[x^2 = -1\]
の解がもつ対称性だと理解することができる。このような対称性についてより考えていくと、角の三等分が定規とコンパスでは作図できないことや、$5$次以上の代数方程式の解を$n$乗根を使って書き下すことができないことなどが従う。

これを量子化された状況で考えたものが部分因子環論とよばれる。より正確には、実数や複素数のような数を行列(の無限次元版)で置き換えたものを因子環とよぶ。そのような因子環がより大きい因子環に含まれる状況$N \subset M$を考えると、この拡大の様子を対称性の言葉を用いて知ることが目標となる。このとき現れる対称性はテンソル圏とよばれる量子群のようなものであり、しばしば拡大$N \subset M$の様子はこの対称性から完全にわかる。ここでは、そのようなテンソル圏の話に深入りすることは避け、このような部分因子環論における不思議な現象について述べるにとどめる。

さて、実数から複素数に拡張するように、数を拡張することを考えるとき、拡大次数というものがある。これはたとえば複素数に入っている実数の場合、複素数を表す複素平面は実$2$次元だから、拡大次数は$2$というような次元のことを指す。したがって、整数値をとり、対称性を与える群、すなわちGalois群の元の数としばしば一致する。一方、量子化された状況で因子環の拡大を考えると、拡大次数の対応物を考えることはできるが、その拡大次数は一般に整数とは限らない。さらに、因子環の拡大の次数は$4$未満では$\{4 \cos (\pi/n) \mid n = 3,4,5,\dots\}$という飛び飛びの値しかとらないというとても不思議な性質が知られている。これはADE型Dynkin図形とよばれる図2のグラフのグラフノルムと密接に関係している。

このように、量子化された対称性は通常の群とは異なる不思議な性質をもつことがしばしばある。一方で、因子環と量子群などの対称性を1つ決めたときに、その因子環が固定した特定の対称性を持つかなど、まだわかっていないことも多い。このような対称性の不思議さと面白さが少しでも伝われば幸いである。

 

図2 ADE型Dynkin図形

荒野 悠輝

数理学科 大学院多元数理科学研究科准教授

1990年生まれ。東京大学理学部数学科卒(2012)、東京大学大学院数理科学研究科数理科学専攻博士課程卒業(2017)。2017年京都大学大学院理学研究科数学教室助教、2023年から現職。専門は作用素環論。

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