Frontrunners

繊細なるショウジョウバエの愛の営み

田中 良弥

心奪われる昆虫の繁殖行動

私は物心ついた幼い頃から昆虫が示す行動の魅力に心を奪われている。昆虫は、私たちヒトに比べると極めてシンプルな脳神経系をもつが着実に生存し、次世代を残すべく繁殖行動を成功させており、現在の地球上で最も繁栄した動物群の一つである。着実に繁殖行動を実現するその背後にはどのようなカラクリがあるのだろうか。

交尾姿勢を制御するもの

昆虫にとっても交尾は繁殖に成功をするための重要な行動である。昆虫の交尾の特徴は、オスとメスの交尾器が結合して、メスへの精子の輸送が完了するまで特定の姿勢を維持することである(図1)。従来、鎧のような外骨格を有する昆虫のこの交尾姿勢は雌雄の交尾器(硬い外骨格構造)が物理的に鍵と鍵穴のように結合することで維持されていると考えられていた。つまり、オスがメスと生殖器を結合させると、無機質なロボットのように構造的に交尾姿勢が維持されると思われていたのである。

しかし、私たちが研究に使っているショウジョウバエのオスの交尾器をよく観察すると無数のパーツから構成されており、それぞれが筋肉・感覚センサーで制御されていることに気がつく(図2)。従来は注目されていないが、実は交尾中のオスは繊細にその姿勢を維持しているのではないか。それにより、昆虫の繁殖成功が実現しているのではないか。ショウジョウバエの交尾の観察を通して卒業研究生の山ノ内勇斗さんとこの仮説を着想したのが、今回の研究に着手したきっかけである。

図1 キイロショウジョウバエの交尾行動
オスはメスの上に位置して約20分交尾を行う。Yamanouchi et al., 2023より改編。

図2 ショウジョウバエのオスの交尾器
無数の機械感覚毛に覆われ、メスの生殖器を挟み交尾を維持するための構造をもつ。スケールバー:100 μm。Yamanouchi et al., 2023より改編。

機械感覚センサーによる制御

オスの交尾器にはたくさんの機械感覚毛があり、そうした毛が交尾中にメスの生殖器に触れていることを観察した。そこで、細胞ごとに遺伝子の発現を調べたデータベースからオスの生殖器で働く可能性のある機械感覚センサー遺伝子を探した。その結果、piezo*1とよばれる遺伝子がオスの生殖器で多く発現しており、piezo遺伝子の変異体のオスを交尾させたら交尾姿勢に異常が見られ、繁殖成功率が下がることがわかった(図3)。この結果は、交尾中にオスがpiezo機械感覚センサーを介してメスとの体の位置関係を検知して交尾姿勢を維持していることを示唆する。つまり、昆虫の交尾が思われていたほど無機質な行動ではない可能性が出てきた。

図3 piezo変異体のオスと野生型のオスの交尾姿勢
野生型のオスはメスに対して真っ直ぐな姿勢をとるのに対して、piezo変異体のオスの姿勢は傾いている。Yamanouchi et al., 2023より改編。

AIにハエの交尾を学習させる

piezoの分布を蛍光タンパク質で可視化して顕微鏡で観察するとオスの交尾器の機械感覚毛中に多く見られ、感覚毛の重要性が強く支持された(図4)。しかし、常に交尾器の感覚毛の働きを阻害すると、オスはそもそも交尾に至らなくなるため、その実証は難しい。そこで交尾中に限定して交尾器の感覚毛の働きを阻害することを考えた。しかし、この実験を行うには技術的な問題が一つある。交尾行動は雌雄の駆け引きによって生じるので、研究者はハエの交尾がいつ起きるかわからない。そのため、交尾を研究するにはハエの行動を研究者がずっと観察して交尾開始の瞬間に光遺伝学*2的な手法で感覚毛の神経活動を阻害する必要がある。こうした実験は膨大な時間を要することから実際に行うことは現実的ではない。こうした困難があるため、交尾を制御する機構の研究はあまり進んでいなかった。

この問題を解決するために山ノ内さんが、AIに交尾を学習させて自動で交尾を検出する装置を開発した。これにより、交尾の開始を自動検出して、交尾中だけにpiezo遺伝子が働く感覚毛を光刺激で阻害することができるようになった。この実験から、確かにpiezo遺伝子を発現するオス生殖器の感覚毛が交尾姿勢の維持に寄与することが確認された。

図4 交尾器でpiezo遺伝子の発現する神経細胞
灰色がオスの交尾器、緑色がpiezo遺伝子の働く神経を示す。Yamanouchi et al., 2023より改編。

無機質ではない昆虫の交尾

ショウジョウバエのオスは交尾中にメスとの位置関係を機械感覚で絶え間なく感知して、繊細に姿勢制御していることが示唆された。従来、昆虫の交尾がそうした繊細な制御を受けているかを検証する研究はこれまで行われていなかった。これは、昆虫の交尾姿勢が外骨格で規定されるという概念が研究者の脳裏にあったからかもしれない。

ショウジョウバエの仲間は着地した体勢で交尾をするが、昆虫の中には交尾器だけを連結させて飛翔中に交尾をするような種もいて、強固に結合する機構を連想させる。今回キイロショウジョウバエで見つけた繊細な仕組みはそういう昆虫でも働くのだろうか。

piezo遺伝子は生物に広く保存された機械感覚受容遺伝子である。他の昆虫でも交尾姿勢を維持するために似た仕組みが存在していてもおかしくなく、一般に思われてきたほど昆虫の交尾は無機質ではないのかもしれない。今後は、先入観にとらわれずに純粋な眼で昆虫を観察することで、行動の進化的な側面にも迫りたい。

*1 piezo遺伝子
原生動物から脊椎動物まで保存されている機械刺激を受容するイオンチャネルをコードする遺伝子。David Julius博士とArdem Patapoutian博士はpiezo遺伝子が機械感覚にかかわることを示したことを受けて2021年にノーベル生理学医学賞を受賞した。
*2 光遺伝学
神経細胞の活動を光照射によって操作するための遺伝子工学的技術。神経活動の抑制、もしくは活性化ができ、近年の神経科学分野で盛んに使われる研究手法。

田中 良弥

生命理学科 大学院理学研究科理学専攻助教

1989年神奈川県横浜市生まれ。2013年信州大学繊維学部応用生物学系を卒業、2018年東北大学大学院生命科学研究科博士後期課程を修了。博士(生命科学)。2015~2018年日本学術振興会特別研究員DC1、2018-2019年同PDを経て、2019年2月より現職。専門は行動遺伝学、神経生物学。子供の頃に抱いた興味を原点に、昆虫の行動に着目してその進化を生み出す神経の働きについて調べている。

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