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光反応とデータサイエンス

納戸 直木

有機化学におけるデータ活用の可能性

新しい分子や反応の創生、および分子の特性を理解・活用する有機化学は、現在の豊かな生活を支える重要な学術分野である。その発展は地道な実験によって支えられてきたが、実験によって得られるデータは、有機化学が秘める膨大な可能性と比べるとごく一部に限られている。そのため、限られたデータを最大限に活用する手段として、近年、AI技術を含むデータサイエンスを有機化学に導入する試みが進められている。一方で、有機化学データからどのような情報を抽出でき、またそれをどのように分子設計や反応開発へ活用できるのかについては、未だ十分に整理されていない。筆者らは、この課題に取り組む対象として、特に光反応と有機光増感剤に着目している。近年、光を利用して医薬品や農薬として有用な分子を合成する技術の発展が目覚ましい。中でも有機光増感剤(金属を含まない有機分子ベースの光触媒)は、金属触媒に依存しない分子合成を可能にすることから、光反応を支える重要な要素として注目されている。一方で、有機光増感は潜在的な候補分子数が膨大であり、人手のみで網羅的な探索を行うことは困難である。さらに、有機光増感剤が適用可能な光反応が多岐にわたる点や、触媒活性を左右する励起状態の実験的な理解や網羅的なデータ収集が容易でない点からも、データサイエンスにより新たな知見を引き出す余地が大きい研究対象である。

見えない励起状態特性を可視化する

機械学習は、単に分子の性質を予測するだけでなく、予測に寄与する分子特性を定量的に解析する用途でも利用できる。電子移動やエネルギー移動の効率を左右する励起状態の寿命は、さまざまな励起状態の過程が複雑に関与して決定されるため、その支配因子を定量的に明らかにすることは、特に実験的アプローチのみでは容易ではない。一方で、近年の量子化学計算の発展により、これまで励起状態寿命として総合的に捉えられていた物性を、個々の励起状態過程の速度定数に分割し、より詳細に記述することが可能になってきた。そこで筆者らは、説明可能AIの一つであるSHAP(SHapley Additive exPlanations)を活用し、有機光増感剤のさまざまな励起状態過程の速度定数と光触媒活性との相関を可視化する手法を提案した(図1)。本手法により、従来は経験的・定性的に議論されることが多かった励起状態特性の効果を定量的に評価できるようになり、実験だけでは捉えにくい励起状態の振る舞いを「見える化」することに成功した。

 

図1 励起状態特性と光触媒活性の相関の可視化
量子化学計算によりさまざまな有機光増感剤について励起状態過程の速度定数を算出し、機械学習およびSHAPを用いてそれらと光触媒活性との相関関係を可視化した。

 

他の反応から知識を借りる

特に新しい反応に取り組む際には、学習に利用できる実験データが限られるため、高精度な機械学習モデルを構築することは困難である。一方で、経験を積んだ有機化学者は、例えば「異なる光反応であっても、有機光増感剤の役割が類似していれば、その触媒活性の傾向は似ているかもしれない」と推測することで、対象に関する知見が少ない場合でも有効な触媒をある程度予測することができる。このような事例に着想を得て、筆者らは他の光反応で得られた知識を活用する「転移学習」に取り組んだ(図2)。本研究では、クロスカップリング反応、環化付加反応、オレフィン異性化反応など、形式の異なる光反応間における有機光増感剤の触媒活性に関する知識を、ドメイン適応と呼ばれる転移学習手法により共有することで、実験データが限られた条件下でも高い予測性能を実現できることを示した。本研究により、異なる反応で得られた経験を新しい反応へ応用するという、有機化学者の知識活用プロセスを機械学習で再現できる可能性を示した。

 

図2 ドメイン適応を用いた異種光反応間における転移学習
ドメイン適応を用いて、光触媒的クロスカップリング反応、環化付加反応、オレフィン異性化反応など異なる光反応間で触媒活性に関する知識を共有・転移し、少数データ条件でも高精度な予測を実現した。ソースドメイン:転移学習における情報源となるデータセット。ターゲットドメイン:知識転移の対象となるデータセット。

 

自ら仮想データをつくり出す

上記の研究では、対象となる光反応の学習データを削減するため、他の光反応に関する実験データを活用した。しかし、これらの手法も他の反応において十分な実験データが蓄積されていることを前提としており、依然として実験データへの依存度は高いと言える。そこで筆者らは、仮想分子からなるデータベースを自ら生成し、これを転移学習に利用するというアプローチを提案した(図3)。具体的には、有機光増感剤に特徴的な分子フラグメントを組み合わせることで数万種類の仮想分子を生成し、それらの分子トポロジーを学習した深層学習モデルを構築した。その後、実際の有機光増感剤の触媒活性を予測するタスクへ転移学習することで、予測精度の改善を達成できた。本研究は、実験や既存データベースから学ぶだけでなく、目的に応じた学習データをAI自身が創出し、その知識を実問題へ応用するという、分子を対象とした研究におけるデータベース活用戦略の新たな可能性を示した。

 

図3 仮想分子データベースを活用した深層転移学習
分子生成器によって構築した仮想分子データベースから学習した知識を実在する有機光増感剤へ転移することで、光触媒活性の予測精度の改善を実現した。

 

まとめと展望

本研究では、光反応を対象とした情報の可視化や知識転移などのアプローチを通じて、有機化学におけるデータサイエンス活用の可能性を調査した。今後は、得られた知見をさらに発展させ、データサイエンスがより直接的な有機化学の発展に貢献できるよう、両者の統合をさらに進めていきたい。

 

納戸 直木

化学科 学際統合物質科学研究機構特任助教

1992年東京都生まれ。2015年東京工業大学工学部卒業、2020年東京工業大学物質理工学院応用化学系博士課程修了、博士(工学)。2020年大塚製薬勤務、2021年名古屋大学物質科学国際研究センター助教、2022年同学際統合物質科学研究機構助教を経て、2025年より現職。専門は有機合成化学(特に光反応)およびケムインフォマティクス。

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