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未知なる生物から進化を解く

自見 直人

未知なる生物との出会い

「系統分類学」と聞くと、図鑑のように生き物をグループに分け、名前を覚えることを想像されるかもしれない。しかし実際には、まだ誰も知らない生き物と出会い、「これは何者なのか」を一つずつ解き明かす、探偵のような学問だ。私は、未知の海産無脊椎動物を発見・分類し、それらを系統的に、すなわち進化上のつながりをたどりながら比較することで、他種や環境との関係が、特殊な形や暮らしをどのように生み出すのかを研究している(図1)。主な対象は、ミミズと同じ環形動物に属するゴカイの仲間である。未知の生物は深海や南極だけにいるわけではない。名古屋大学の臨海実験所がある菅島の磯や砂浜で、砂粒の間に暮らす1ミリほどの動物を探していると、図鑑に載っていない生き物が次々に現れる。潜水して海底の砂を掘ることもあれば、研究船で深海の泥を採ることも、南極の海で底引き網を曳くこともある。調査船では、海底から網が上がるたびに泥や石をより分け、波に揺られながら顕微鏡を覗く。生きている時の色や動き、他の生物との関係は、固定標本からはわからないことが多い。自ら採集し、見慣れない「変なやつ」を見つけた瞬間が、研究の始まりだ。

 

図1 さまざまな海洋生物たち
サンプリング中に得られた海産無脊椎動物。この中には未記載種(論文にすれば新種)も多数含まれる。

 

分類は進化を解く入口

生き物が新種かどうかは、見た目だけでは決められない。体の細部やDNAを調べ、世界中の近縁種と比較する。19世紀にドイツ語やラテン語で書かれた論文を読み、海外の博物館から100年以上前の標本を借りることもある[1]。古文書と標本を手がかりに宝のありかを探す作業は、まるでインディ・ジョーンズのようである(図2)。どの既知種とも一致しなければ、学名を命名し、その特徴を記載して論文として公表する。学名は単なるラベルではなく、異なる時代や地域の研究を結び分布や生態系の変化を比較するための共通言語だ。さらにDNAから系統樹を描き、近縁種と形や暮らしを比べれば、「その特徴は、進化の歴史の中でいつ、どの系統に現れたのか」という問いが立ち上がる。系統分類学は、それ自体が生物多様性を記録する基礎科学であると同時に、進化の仮説を生み出す装置でもある。新種を命名することはゴールではない。その生物を科学の舞台に上げ、次の問いを始めることである。

 

図2 新種の探し方
A:潜水してゴカイを掘る。B:調査船で2カ月間洋上にいることもある。C:深海から網であがってきた生物たち。D:1800年代の論文に記載された既知種と比較することもある。

 

他種との関係が形を変える

その好例が、私たちが菅島などで発見した新属新種のゴカイ「ケショウシリス」である(図3)[2]。サンゴの仲間であるウミトサカを宿主としてその上で暮らすが、宿主の姿に溶け込むどころか、白や黄色の先端をもつ大きな触手を広げてよく目立つ。近縁種や同じ場所にすむ動物と比較すると、その姿は毒をもつウミウシの仲間によく似ていた。体の毛を隠し、大小の触手を交互に並べ、ウミウシの「ミノ」まで再現している。自らは毒をもたない生物が有毒な生物に似ることで捕食を免れる、ベイツ型擬態と考えられる。分類とDNAによる系統解析から、この奇妙な装飾がケショウシリスの系統で獲得された特徴だとわかった。ゴカイには、口も肛門もなく共生細菌に栄養を頼るもの、カイメンに共生し体が網目状に枝分かれするものなど、教科書的な動物像を軽々と越える種がいる。共生相手、宿主、捕食者といった他種との関係は、ゴカイの形や暮らしを変える進化の力なのである。

 

図3 ケショウシリス
有毒のウミウシそっくりに擬態する変なゴカイ。ウミトサカというサンゴの仲間に共生する。世界の注目すべき海洋生物の新種Top10にも選ばれた。

 

一匹のゴカイから生態系へ

同じ問いは、個体の形だけでなく、生態系の成り立ちにも向けられる。高知沖の調査航海で回収した直径約3.5センチのプラスチック製ボトルキャップには、体長約9センチのゴカイが粘液と小石で巣を築いていた[3]。その「城」のような立体構造には9分類群300個体以上が暮らしていた。1匹のゴカイが、平らな人工物を多くの生物が住める空間へつくり替えていたのである。学際的な視点で研究を進めることでキャップの長期間にわたる漂流履歴を推定することに成功した。生物と環境の相互作用によって生まれた小さな生態系が、海を越えて運ばれていたことになる(図4)。

この研究には、分類学に加えて地球化学、海洋物理、生態学などの視点が必要だった。しかし出発点は、目の前の生物を「何かわからないもの」のままにせず、名前を与え、関係を確かめることである。私が目指すのは、未知なる生物の発見を起点に、他種や環境との関係が形や暮らしを生み出す過程を、個体から生態系までのスケールで解く「分類学からはじまる総合生物学」だ。研究対象は広がっても、問いは一つにつながっている。

海には、まだ名前も、その面白さも知られていない生き物が無数にいる。その一種に名前を与え、他の生物との関係をたどることが、生物多様性の成り立ちを解く第一歩になる。次の発見は、遠い深海ではなく、皆さんが海水浴を楽しむ波打ち際の砂の中に潜んでいるかもしれない。

 

図4 海洋ごみであるプラスチックキャップにできた小さな生態系
残っていたラベル、生物の種類、有孔虫の殻に記録された水温を読む同位体分析、海流シミュレーションを組み合わせると、キャップはフィリピン周辺から黒潮系の流れに乗り、少なくとも約70日かけて日本沖へ来た可能性が見えてきた。ゴカイが生態系エンジニアとして多くの生物の住処をつくり、有孔虫、コケムシ、フジツボ、扁形動物などが日本近海まで漂流したと推定される。

 

参考文献

自見 直人

生命理学科 大学院理学研究科附属臨海実験所講師

1991年愛知県岡崎市生まれ。2014年東京海洋大学海洋科学部卒業。2019年北海道大学理学院博士課程修了。博士(理学)。国立極地研究所を経て2021年より現職。専門は系統分類学。未知の海産無脊椎動物を発見・分類し、他種や環境との関係が特殊な形や暮らしを生み出す進化過程を研究する。磯や砂浜、深海、南極で調査し、「分類学からはじまる総合生物学」を展開している。

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