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爬虫類から学ぶ「休息」の基本原理

乘本 裕明

爬虫類の睡眠

生きものは、休息なしに生き続けることはできない。休息の中でも睡眠は、動物種ごとに姿を変えながら、生命維持のために広く共有されてきた行動である。私たちヒトは一生のうち約3分の1という膨大な時間を眠って過ごすが、その背後にある神経回路の仕組みや、睡眠がいつどのように生まれたのかという進化的起源については、いまだ多くが謎のままである。

なかでもレム睡眠は、長らく哺乳類や鳥類に特有の現象と考えられてきた。レム睡眠は夢や高次脳機能と関連づけられることが多く、進化的に高度な特徴と結びつけて理解されてきたのである。そのため、変温動物である爬虫類には、レム睡眠は存在しないという見方が一般的であった。

こうした通説に大きな転換をもたらしたのが、2016年にジル・ローラン博士らによって報告された研究である[1]。彼らは、爬虫類であるベアーデッドドラゴン(Pogona vitticeps、図1)の脳活動を詳細に解析し、哺乳類のレム睡眠および徐波(ノンレム)睡眠に対応すると考えられる二つの状態が、明確に切り替わることを示した。この発見を契機として、長年停滞していた爬虫類の睡眠研究は再び注目を集めることとなった。

 

図1 ベアーデッドドラゴン
日本ではフトアゴヒゲトカゲという名で親しまれている。

摘出全脳標本

私が爬虫類研究に強く惹きつけられた理由の一つは、その独特な実験手法にある。半世紀以上前の文献には、カメの脳を体から取り出しても、栄養液中で長時間にわたり神経活動を維持できるという驚くべき報告が残されている。

哺乳類の脳細胞は低酸素条件に脆弱で、摘出すると神経細胞は急速に死んでしまう。そのため、脳全体を丸ごと生かしたまま維持することは困難である。一方、爬虫類の脳は、形を保ったまま機能を維持できる。この事実は、脳そのものが持つ性質を調べたいと考えていた私にとって、非常に魅力的であった。

私たちは、この摘出脳に電極を挿入し、神経活動の記録を行った。その結果、ノンレム睡眠に特徴的な徐波活動が明瞭に観察された。一方で、レム睡眠や覚醒時に見られる脳活動はほとんど検出されなかった。身体や感覚入力から切り離された脳は、自発的にノンレム睡眠に似た状態へと移行することを示している。これは「脳のデフォルト状態は睡眠である」という考え方と矛盾しない結果である。

さらに徐波の発生を詳しく観察したところ、前内背側脳室隆起(amDVR)と呼ばれる前方にある脳領域で活動が始まり、後方へと伝播していく様子が明らかになった(図2)。この結果から、amDVRが徐波の発生源である可能性が浮かび上がった。

 

図2 DVRとノンレム睡眠時脳波(徐波)の伝播

(左)摘出したDVR。
(右)4096chの多電極アレイの上にDVRを乗せると、徐波活動が前方で生まれ、後方へ伝播することが確認できた。

amDVRは哺乳類の前障である

しかし当初、この発見の意義や面白さを私たちは十分に理解できていなかった。その理由の一つは、私自身の研究背景が哺乳類にあり、amDVRに相当する構造が哺乳類の脳には存在しないと考えられていたためである。

そこで私たちは、amDVRを構成する神経細胞一つ一つの遺伝子発現を詳細に解析した。その結果、この領域が哺乳類の前障(Claustrum)と高い遺伝子発現の相関を持つことが明らかになった[2]。

前障は、大脳皮質と線条体の間に挟まれた、極めて薄い神経細胞層である。その特異な形状と広範な神経結合から、哺乳類脳の中でも最も謎に包まれた領域の一つとされてきた(図3)。しかしその位置の特殊性ゆえに、電極による記録が難しく、機能の解明は長らく進んでいなかった。この構造に注目した人物の一人が、DNAの二重らせん構造を発見したフランシス・クリックである。彼は晩年の総説において、前障が意識の生成に関与していると仮説を立てている。

 

図3 前障(claustrum)
(左)ヒトの脳の断面図。紫色の領域が前障。(Wikipediaより引用)
(右)トカゲ脳の水平方向の断面図。上方のCLAと書かれているマゼンタの領域がamDVR。(Fenk et al., 2023より引用[3])

進化的に保存されたあくびの役割

現在、私たちは睡眠だけでなく、日常的に見られる行動の意味に関心を広げている。その一つが「あくび」である。あくびは誰もが経験する行動であるにもかかわらず、その生理的役割は実はほとんど分かっていない。

私たちは、ヒョウモントカゲモドキが特徴的で美しいあくび様行動を示すことに注目した(図4)。この行動が覚醒状態の変化と関係しているのかを検証するため、行動観察を行ったところ、外気温が30℃から35℃といった比較的気温の高い条件下で、あくび後に運動量が増加することが明らかになった[4]。もしかするとあくびは活発に行動するための準備の役割を担っているのかもしれない。現在は、あくびの最中に脳内でどのような神経活動が生じているのかを明らかにするため、詳細な神経記録を進めている。

 

図4 あくびをするヒョウモントカゲモドキ

種を超えて保存された休息の仕組み

爬虫類の前障と徐波の関係を明らかにした研究が出版されてから4年後の2024年に、ヒトにおいても前障が徐波に関与していることが報告された。一般社会では「低次動物」と見なされがちな爬虫類から、ヒトにまで通じる脳の普遍的な法則が見つかったことは痛快といえる。研究は概して苦しく、徒労に終わることも多いが、それでも時折こうした展開があるから、この世界から離れられない。引き続き、種を超えて保存された脳の仕組みを明らかにすべく、日々研究に勤しんでいる。

参考文献

乘本 裕明

生命理学科 大学院理学研究科理学専攻教授

2011年名古屋市立大学薬学部卒業。2016年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。理化学研究所、マックスプランク脳科学研究所、北海道大学医学部を経て、2024年より現職。専門は睡眠と学習・記憶の神経薬理学。

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