Frontrunners

「溶けない」デッドエンドを回避する

八木 亜樹子

分子と合成と溶解性

分子はあらゆる自然現象・社会生活に関わる物質である。小さな分子の構造を変換したり、分子同士を連結させたりすることで標的分子を合成する『分子合成化学』は有機化学の根幹である。200年を超える歴史をもち、溶媒中で行われる溶液化学として数多の有機反応が開発されてきた。溶解している分子は多くの溶媒と相互作用している、すなわち溶媒和されている状態にあり、反応を起こしやすいからである。また、単一分子としての性質を調べやすいため、多くの構造解析・性質評価も溶液として行われる。発展を遂げた現在の有機化学では、魅力的な合成ターゲットはより複雑な、もしくは巨大な構造をもつものへとシフトしつつある。その中での課題の一つが、溶媒に対する分子の溶解性の獲得である。例えば、ナノグラフェンに代表される、電子材料として活用されている拡張型π共役材料は自己で凝集しやすい性質をもち、溶媒に対する溶解性が極めて低い。そのような難溶性分子は有機反応を起こしにくく、性質評価も困難となる。合成ターゲットのみならず、その途中の合成段階の分子の溶解性が低い場合も多く、それ以上合成を進めることができない。いわゆるデッドエンドとなる(図1)。

 

図1 分子合成における課題:難溶性問題
ナノグラフェンなどの拡張型π共役材料は自己で凝集しやすく、溶液中で自在に合成することが困難である。

一つだけ巨大な「飾り」をつける

さまざまなデッドエンド回避法がこれまでに開発されているが、合成ターゲットの魅力的な性質を大きく損ねるものや合成が難しくなるものが多い。難溶性のために合成がなされていない、魅力的な物性が期待されるπ共役材料が数多く存在する状況を打破すべく筆者らは、難溶性の分子骨格に一つだけ巨大な「飾り」をつける手法を考案した。巨大な飾りは分子間で互いにぶつかり合うことを避けるため(立体障害という)、付随した難溶性骨格同士で重なり合い凝集することを防ぐ一方で、難溶性骨格における反応は妨害せず、性質を損ねることもしない。合成ターゲットを擬似的に溶解させることができるのである。具体的には、デンドリマーと呼ばれる樹状の高分子を用いることで、この手法のアイデアを実らせることができた。デンドリマーの中心部において有機反応を行うことで、ポリチオフェンをはじめとしたいくつかの難溶性π共役物質を溶液中で自在に合成できることがわかった。また、それら難溶性骨格の光物性の調査も行うことができ、これまで未踏だった領域に足を踏み入れることができた(図2)。

 

図2 デンドリマー担持合成
独自でデザインしたデンドリマーを「飾り」として一つだけ用いて難溶性骨格であるポリチオフェンを合成した。得られたデンドリマー担持チオフェン溶液の性質評価を行うことや、他の難溶性骨格の合成に活かした。

難溶性分子骨格を「移植」する

創ることが難しい骨格を効率的に創るのみに留まらず、それを他の物質に『移植』することにも挑戦した。デンドリマーとポリチオフェン骨格がエステルという官能基で連結されていることを活かし、エステルと反応するアミノ基を有するシリカゲル(二酸化ケイ素)もしくはタンパク質(ヒト血清アルブミン(HAS))とデンドリマー担持ポリチオフェンを混合することで、難溶性ポリチオフェン骨格をもつシリカゲルおよびタンパク質をそれぞれ合成した。このように、筆者らの開発したアプローチを使えば、既存法では創ることのできなかったいくつもの新しい物質を創ることができることを示した(図3)。

 

図3 難溶性骨格の移植
デンドリマー担持チオフェンを溶液中で反応させることで、シリカゲルやタンパク質に難溶性骨格を連結させた新物質を創製した。他の手法では合成困難な物質であり、その用途は可能性に満ちている。

分子合成の限界を突破し、面白い新物質を創る

筆者らは、デンドリマーという『飾り』を使うことによって難溶性の骨格を溶液中で合成・取扱することのできる方法を新たに開発した。ポリチオフェンなどの電子材料のみならず、さまざまな巨大物質を溶液中で精密に合成する道が拓いたといえる。合成した物質の革新的な応用展開も、本手法によって実現される可能性がある。分子合成は物質科学において重要な技術である。そのサイエンスに潜む面白さ、自在に新たなものを創ることの美しさ、それらから導かれる明るい未来に魅了されてこれまで研究を行ってきた。分子合成の限界を突破し、多くの魅力的な分子・物質を簡単に合成することのできる世の中にする。その挑戦を続ける中で、出会う新物質の面白さにワクワクしながら生きていきたい。

八木 亜樹子

化学科 大学院理学研究科理学専攻教授

1988年愛知県名古屋市生まれ。2011年名古屋大学理学部卒業、2016年名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了、博士(理学)。2016年日本学術振興会海外特別研究員(米国スクリプス研究所)、2017年名古屋大学物質科学国際研究センター助教、2021年名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所特任准教授を経て2025年より現職。専門は分子合成化学および構造有機化学、特に新たなπ共役分子・芳香族炭化水素の合成法開発と物性解明。

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