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宇宙における生命を探して

松尾 太郎

生命探査の夜明け

地球外に生命とよばれる生き物は存在するのだろうか。この問いは古代ギリシア時代以来、人々を魅了する素朴な疑問としてあり続けている。私も好奇心を掻き立てられた一人である。2000年から8年間、名古屋大学に学生として在籍していた当時は、太陽とは別の恒星のまわりで惑星の発見が続いており、新しい研究分野として認知されるようになった時代だった。当時は宇宙における生命探査よりも多様な惑星系の起源に焦点が当てられていた。

大きな転機が訪れたのが2009年に打ち上げられたKepler衛星であった。Kepler衛星は、精密に星の明るさを測ることによって、地球のような小さな惑星を検出することを目的に打ち上げられた。Kepler衛星は、その後の数年間で3000を超える惑星を発見し、その多くが地球のような小さな惑星から海王星サイズの惑星であった。その中には生命を育む可能性のある惑星も含まれていることも確認された。その後、太陽系近傍の惑星系でも同様の候補が相次いで発見され、宇宙における生命探査への関心が広がっていった。

どのように生命活動の証拠を探すのか

そもそもどのように「生命活動を特定する」のだろうか。太陽系外の惑星は、太陽系の惑星と違って遠く離れているために点として観察されるので、情報が極めて制限される。測定できるのは惑星の色分布や、それに刻まれる吸収線である。そこで、生物の代謝由来のガスが大気中に含まれていないかを調べることで生命活動の可能性を議論することができる。例えば、地球大気に含まれる酸素やメタンは光合成生物やメタン生成菌の代謝によって主に生成された分子なので、大気に含まれる存在量から生命活動の可能性を検証することができる。

生命活動の指標として酸素やメタンの吸収線だけで十分だろうか。生命が誕生して約40億年かけて地球表層は段階的に酸化された。可視光に刻まれる酸素の吸収線は、現在の酸素量では深いために検出できるものの、5億年前よりも過去の地球では現在の酸素量の10分の1程度のため、酸素の吸収線はほとんど形成されない(図1)。つまり、「吸収線の未検出 = 生命活動がない」ではなく、生命活動を見逃してしまうことになる。

図1 地球大気に含まれる酸素濃度(上)と酸素吸収線深さの変遷(下)

地球誕生当時は現在の酸素濃度に比べて100万分の1程度であった。約30億年前に酸素を発生する光合成生物が水中で誕生して以降、水中で酸化が始まり、水中の酸素濃度が上昇した。その後、水中での酸素が飽和すると地球大気に酸素が放出され、約24億年前頃に「大酸化イベント」とよばれる、地球大気の酸素濃度が現在の数パーセント程度まで上昇する出来事があった。その後、地球生命史において大きな変遷がないと考えられている退屈の10億年を経て、7–5億年前頃に再び地球大気の酸素濃度が急上昇して現代の酸素濃度に落ち着いた。このように地球大気の酸素濃度は大きく3つの時代に分けられ、その時代ごとの可視光における酸素の吸収線の深さが下の図に示されている。現在の地球における酸素濃度で深い酸素の吸収線が形成される。

光合成生物と地球表層の共進化

地球は、生命の誕生以来、40億年かけて生命とともに進化した。その共進化の歴史を見つめることで、ヒントが得られるのではないだろうか。私は生物学や地球科学の専門家ではないが、本学にはさまざまな分野の研究者が集まって議論する基盤があり、それらの分野を融合して新しい研究を生み出す風土がある。私もその風土に後押しされて、生物学や植物生理学の研究者らとの日々の議論を通して、宇宙生命探査の基盤となる「地球と生命」の共進化の研究に挑戦した。

地球の生物圏は、太陽の光を生物が利用できるエネルギーに変換して発達してきた。この変換する生物こそが光合成生物である。表層にありふれている、水と二酸化炭素だけで光合成できるので全球的に生物圏が拡大し、副産物としての酸素が表層を酸化した。最初に誕生した光合成生物は水中で生息する原核生物で、光合成によって酸素が放出されると光合成生物のまわりから酸化が始まる。地球表層の歴史を俯瞰すると、水中から酸化が始まり、大気や陸が酸化されたことになる。

水中で酸化が始まると何が起こるのだろうか。当時の地球にはほとんど酸素がなかったので、貧酸素の水中で溶ける物質が海全体に広がっていた。その代表的な元素が2価の鉄(Fe2+)である。酸素と反応すると、酸化されて酸化鉄になり、水に溶けずに粒子として析出する。興味深いことに、この粒子は紫外線から青の光を吸収し、水は赤い光を吸収するので、酸化鉄の含まれる水中では緑の光で満たされるのである。そこで、緑の光を集光する生物が選択されたのではないかという仮説を立て、生物学実験や生物進化の解析を行い、これらの結果と整合した(図2)。初期の光合成生物の誕生や進化に大きな影響を与えうる研究として光合成生物の研究者から注目を集めている。

図2 水中の光環境の変遷(上)と光合成生物の進化の模式図(下)

表層が酸化される以前の地球大気にはオゾン層がなく、紫外線が地球表層まで降り注いだ時代であり、水は貧酸素でよく溶ける二価の鉄が大量に含まれていた。酸素を発生する光合成生物が誕生すると、光が届く有光層から徐々に酸化が起こったと考えられ、酸化によって当時の海に大量に含まれていた二価の鉄が酸化されて酸化鉄が形成された。この酸化鉄は、紫外線から青い光を吸収するので、浅瀬まで生物が生息できる環境を育んだと考えられる。また水は赤い光を吸収するので、水の中は緑だけの光で溢れたことが予想される。この緑の光環境下では緑の光を効率よく集光し、その光エネルギーを反応中心に伝達できる光合成生物が生存に有利であったと予想される。これが現在の酸素発生型光合成生物のシアノバクテリアの祖先であると考えられる。その後、地球表層が酸化されると、オゾン層が発達し、水中の酸化によって酸化鉄が完全に除去されて多様な光環境の形成とともに、多様なアンテナの発達が促された。PE、PC、APCは色素タンパク質複合体で、緑・橙・赤色の光を吸収し、反応中心のクロロフィルに効率よく伝達する役割を担う。

生命活動の指標へ

水中が緑色になると海はどのように見えるのだろうか。幸い、当時と類似の環境を有している場所が九州の薩南硫黄島にある。そこには2価の鉄が海底から海に供給されており、酸化鉄によって水中が緑色になる。これを衛星で観測すると、同じように緑色に見えることがわかった(図3)。さらに、水中に酸化鉄の粒子がたくさん含まれるので太陽の光を散乱して緑の色でより明るく輝くこともわかった。現在、NASAが計画する宇宙望遠鏡Habitable Worlds Observatory(HWO)でのハビタブル惑星候補の観測に向けて、この緑の海仮説を新たな生命活動の指標として生命探査に利用することを国内外の科学者と共同で研究している(図4)。この緑の海は、大気が酸化される前の光合成生物による、地球生命史における最初の酸化現象として捉えることのできる指標として、大きく生命探査の可能性を広げるかもしれない。

図3 硫黄島の航空写真 (左)、緑の海の水中の放射照度 (中央)と反射率 (右)
太古代と類似の環境と考えられる薩南諸島硫黄島の周辺海域には多数の熱水噴出孔があり、この噴出孔から還元的な二価の鉄が海に供給されている。海に含まれる酸素によって二価の鉄が酸化され、その酸化鉄が青の光を吸収することで水中では緑の光環境が形成される。実際に緑の海の測定地点において水深5.5mの放射照度を測定すると、波長550から600nmの光が卓越していることが明らかになった。また、太古代における水酸化鉄濃度の下での光環境とも無矛盾である。さらにリモートセンシングの観測から、緑の光環境を形成する地点では反射光も緑が卓越しており、特に、水中に浮いている水酸化鉄の微粒子の散乱によって反射率も高くなると考えられる。

図4 生命活動の指標としての緑の海と宇宙生命探査の模式図
地球表層は酸素を発生する光合成生物の進化とともに、還元的な時代から酸化的な時代へと共進化した。光合成生物は水中から酸化するため、24億年前の大酸化イベント以前から酸化反応による水酸化鉄の微粒子によって海は緑色に変化した可能性がある。海が完全に酸化される7–5億年前までにわたって酸化鉄は断続的に形成されていたことがわかっており、海の色が長い時間にわたって変化していた可能性がある。将来の大型宇宙望遠鏡計画HWOにおいて太陽系外にある近傍の地球サイズの惑星に対して色を調べることによって海の存在可能性、さらに水中での酸化の特徴を調べることができる可能性がある。

 

参考文献

松尾 太郎

物理学科 大学院理学研究科理学専攻准教授

2004年名古屋大学理学部物理学科卒業。2008年名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了。2008年よりNASAジェット推進研究所、国立天文台、京都大学、大阪大学で研究を行ったのち、2019年より現職。研究領域は、宇宙の視点からの地球と生命の共進化の理解、太陽系外惑星観測のための光学技術の開発。

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