Frontrunners

植物のからだづくりを支える小さな役者たち

小田 祥久

植物のからだづくりの鍵とは

ひまわりの種を撒くと、わずか数センチの芽生えが、2カ月ほどもすれば人ほどの背丈にまで成長してしまう。たった数センチの細い茎が2メートルもの背丈を支え、数ミリの厚みの葉が広々と展開される。我々動物と同じ多細胞生物でありながら、植物はどのような仕組みでこうも違ったからだをつくり上げているのだろうか。

植物の体は細胞壁で包まれた細胞が石垣のように積み重なってつくられている。細胞自体がしっかりとかたちを保てなければ体をつくることはできない。植物の細胞壁は厚さわずか0.1マイクロメートルほどの薄い層であり、主成分であるセルロース微繊維と、それらを架橋する無数の糖鎖で構成される。分裂組織で生み出された細胞は水を吸って細胞壁を押し広げるように成長してゆく。しかし細胞壁に編み込まれたセルロース微繊維が「たが」となって細胞の膨張を制限するため、円柱状に伸長する。セルロース微繊維がうまく並んでいないと細胞は水風船のように球状に膨らんでしまう(図1)。植物の体は細長い細胞だけでなく、多様なかたちの細胞でつくられている。それぞれの細胞は、細胞壁の繊維をつくるタイミングや位置、方向を制御することでその場に適したかたちに成長する。「細胞壁のつくり方」が植物のからだづくりの鍵なのだ。

細胞壁の役割は細胞のかたちだけではない。木部など一部の組織では、成長した細胞が二次細胞壁とよばれる厚い細胞壁を発達させることにより、植物の体を支える丈夫な組織をつくり上げる。二次細胞壁がつくられる位置や方向も厳密に制御されている。その顕著な例が道管である。道管は、根から吸収した水分を地上の茎や葉に輸送する管状の組織である。もし道管が無ければ、植物はひまわりのように地上に高く体を成長させることはできない。道管の細胞は、二次細胞壁をつくった後、細胞壁以外の細胞内容物を自ら消化して管状の構造になる。二次細胞壁は疎水的で水を通さない性質を持つが、道管の二次細胞壁は細胞全体ではなく、環状や孔あき状につくられるため、水の通り道も確保される(図2)。「細胞壁のつくり方」が植物の体づくりの中でいかに重要かおわかりいただけただろう。

図1 細胞壁による細胞の成長制御

セルロース微繊維が並んでいると、その垂直方向に細胞が伸張するように成長する(上)。セルロース微繊維がうまく並んでいなければ球状に膨らんでしまう(下)。

図2 道管の細胞壁

シロイヌナズナの芽生えを透明化処理し、微分干渉顕微鏡を用いて観察した。環状(左)と孔あき状(右)の細胞壁をもった道管が容易に視認される。スケールバーは5マイクロメートルを示す。環状や孔あき状に加え、らせん状や網目状の二次細胞壁をつくる道管もある。

細胞壁のつくり方を探求する

植物細胞はどのようにして細胞壁のつくり方をコントロールしているのだろうか。私たちの研究グループはシロイヌナズナの道管にターゲットを定めてこの問題の解明に取り組んできた。道管には「細胞壁のつくり方」を研究しやすい特徴があるからだ。まず、道管の二次細胞壁は厚く、特徴的なパターンに沈着するため、いつ、どこで、どの方向に細胞壁がつくられたか容易に判断することができる。また、道管の二次細胞壁は細胞が成長しきった後につくられるため、観察中に細胞のかたちの変化を考慮する必要がない。植物ホルモンを用いて道管の形成を人為的に誘導することもできる。

MIDD1の「待ち伏せ」作戦

セルロース微繊維は細胞膜に埋め込まれた酵素によって合成される。この酵素は細胞膜に係留された微小管*1を足場として移動するため、セルロース微繊維は微小管の位置と方向に従ってつくられることになる。道管の細胞では二次細胞壁の形成に先立って微小管の配置が変わり、道管に特徴的な二次細胞壁のパターンを誘導する(図3)。私たちのグループは試験管内で道管を培養する特殊な実験系を開発し、この過程を詳しく解析してきた。その結果、微小管が細胞表層の一部の領域で脱重合され、その領域は二次細胞壁を欠いた水の通り道になることを明らかにしていた。この微小管の脱重合はMIDD1*2と私たちが名付けたタンパク質が引き起こすこともわかった。しかしMIDD1が微小管を脱重合する詳細な仕組みは不明であった。そこで超解像顕微鏡法を用いてこの過程を詳しく解析した。その結果、MIDD1は凝集体を形成し、接近した微小管に作用することでその微小管を急速に脱重合する様子が観察された(図4)。さらに、脱重合した微小管からMIDD1が解離して再び凝集体を形成していた。つまりMIDD1は集団で「待ち伏せ」することで微小管を排除し、その後も再結集することにより微小管を排除し続けていたのだ[1]。MIDD1が「待ち伏せ」する領域の細胞膜にはROPとよばれる低分子量GTPアーゼ*3が待機し、MIDD1が凝集するための足場としてはたらいていることもわかった(図5)。

MIDD1の凝集体の性質を調べると、MIDD1の凝集体はタンパク質の液―液相分離によって生じる液滴のようなものであることが示唆された。液―液相分離は2種類の液体が混ざりあわずに、水に浮いた油のように2相に分離する現象である。細胞内において、核酸やタンパク質の液―液相分離により生じた液滴状の構造が様々な生命現象に寄与していることが近年注目されている。MIDD1の「待ち伏せ」作戦は液―液相分離の性質をうまく利用した現象のようだ[1]。

実は、この研究をスタートした時には全く異なる仕組みを想像していた。細胞内の特定の領域に微小管を集めるような仕組みだ。しかし実際にはその真逆のような仕組みがはたらいていたうえ、思いもよらず液―液相分離の関与が見いだされた。MIDD1の研究と並行して、残された微小管を適所に配置するタンパク質や[2]、環状や孔あき状といった細胞壁のタイプを変えるタンパク質も明らかになった[3]。この研究でわかってきた「細胞壁のつくり方」が道管以外の組織ではたらいている知見も得られつつある。細胞壁のつくり方には当初の想像よりはるかに多くの役者が関わっているようだ。それらを一網打尽にして細胞壁のつくり方の全貌を明らかにするべく秘策は、すでに仕掛けてある。

図3 道管の細胞壁のつくり方

道管の細胞が分化する過程では二次細胞壁の形成に先立って微小管が並び変わり、二次細胞壁の合成の足場としてはたらく。微小管の並び方にしたがって環状や孔あきタイプの二次細胞壁パターンがつくられる。細胞壁をつくり終えると細胞内容物を消化して管状要素になる。

図4 培養した道管の細胞におけるMIDD1と微小管

MIDD1(緑色のシグナル)が凝集体(粒状のシグナル)を形成して接近した微小管(紫色のシグナル)の脱重合を誘導する。MIDD1は微小管にも局在し、MIDD1が脱重合した際に新たに凝集体をつくり出す。

図5 MIDD1の待ち伏せ作戦

MIDD1が凝集体を形成して細胞膜上に係留される。(上)接近した微小管にMIDD1が作用して脱重合する。(下)脱重合した微小管から乖離したMIDD1がROPを足場にして凝集体を再形成する。

*1 微小管
チューブリンとよばれるタンパク質が集合してつくられる直径24ナノメートルの管状の構造。チューブリンが微小管の端に付け加わって微小管が伸びる現象や(重合)、端からチューブリンが離脱することにより微小管が短くなる現象(脱重合)が見られる。
*2 MIDD1
Microtubule depletion domain1の略称。私たちの研究グループが道管の細胞において微小管が消失しやすい領域に存在するタンパク質として同定し、この名前を付けた。微小管に加え、低分子量GTPアーゼのROP、Kinesin-13Aとよばれるタンパク質と結合する。MIDD1が持つ微小管の脱重合を促進する性質は、MIDD1に結合したKinesin-13Aの活性に依存する。
*3 低分子量GTPアーゼ
GTP(グアノシン三リン酸)に結合する活性型と、GDP(グアノシン二リン酸)に結合する不活性型の構造をとるタンパク質。活性型になると、エフェクターとよばれるタンパク質群と結合することで分子スイッチとして働く。ROPは低分子量GTPアーゼのサブファミリーの一つであり、植物に特異的に存在する。RHO-related protein from plantsあるいはRho of plantsの略称。

参考文献

小田 祥久

生命理学科 大学院理学研究科理学専攻教授

1979年生まれ。2002年東京大学理学部生物学科植物学教室卒業。2007年東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻博士課程修了。東京大学大学院理学系研究科において日本学術振興会特別研究員PD、特任研究員、助教を経て2014年国立遺伝学研究所新分野創造センター准教授、2019年同研究所遺伝形質研究系教授、2022年より現職。博士(生命科学)。専門は植物細胞生物学。

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