Frontrunners

表現型に多様性をもたらす仕組み

岡田 泰和

さまざまな繁殖戦術

シカやカブトムシに代表されるような動物の武器は、縄張りやメスを巡る闘争で用いられる性選択形質である。繁殖相手の獲得を有利にする形質であるにも関わらず、こうした性的な武器は集団内で大きな変異が存在する(図1)。十分な栄養を得られたオスのみが巨大な武器を発達させる。一方、性的な武器は生存自体に必須ではないため、成長期に栄養が十分得られなかったオスは武器を非常に小さくつくり、分散やスニーキングなど闘争によらない繁殖戦術で子孫を残す。しかしながら、どのような仕組みで武器だけが多様な形態を示すのか、その発生・生理的なメカニズムの多くは未解明である。

 

図1 オオツノコクヌストモドキの形態変異

左から順に高栄養、中栄養、貧栄養で生育したオス。

大顎の成長因子は何か

オオツノコクヌストモドキ(以下オオツノ)という甲虫ではオスに闘争用の大顎が発達し、栄養条件に依存してそのサイズが著しく変異する。私は何らかの成長因子が大顎のみに働くことでこの形態変異が制御されていると考え、成長因子の探索を行ってきた。特に、動物の組織や器官サイズの制御に関与するとされてきたインスリン経路を詳細に調べたところ、オオツノにおいては成長因子の候補となるインスリン様ペプチドが5種類もあることがわかった。すべてのインスリン様ペプチドについて、成虫形態が発生する時期に発現量を解析した結果、5種類のうちのひとつ、インスリン様ペプチド2(insulin-like peptide2, ILP2)が栄養条件に応じて発現上昇していることがわかった。さらに、これらの候補となるペプチドをコードする遺伝子をすべてRNAiという手法でノックダウン(KD))することで武器特異的に作用する成長因子を探索した。その結果ILP2が武器サイズの成長を担う成長因子として機能していることがわかった(図2)。

 

図2 インスリン様ペプチドのノックダウン表現型
対照群(dsGFP、黒)と比較して、ILP2ノックダウン処理区(赤)で顕著に大顎が矮小化している。文献[1]を改変。

大顎特異的な発生可塑性の仕組み

成長因子としてILP2が機能していることは解明されたが、ILP2を受け取るインスリン受容体は、頭部や大顎に局在してはおらず、全身で発現していた。これは、受容体の局在によっては大顎特異的な成長が説明できない、ということを意味しており、大顎に発生の可塑性をもたらす別のメカニズムがあることを示唆している。武器サイズの顕著な発生可塑性は、形態形成に関わる遺伝子の発現パターンが柔軟に変化することで達成されるものと思われる。ここでは、遺伝子発現のパターンを規定するエピジェネティック制御について焦点をあてる。

エピジェネティック制御

エピジェネティック制御とは、DNAのメチル化やヒストン修飾といったDNA配列の変化によらない化学修飾によって生じる遺伝子発現のオン・オフの切り替え機構のことである。武器は他の器官よりも高い発生可塑性を示すが、我々はこの仕組みにエピゲノム制御が関与していると考え、オオツノを用いてエピゲノム状態に摂動を与える実験を行った。ヒストン脱アセチル化に関わる酵素(HDAC)を変態期にKD(ノックダウン)すると、HDAC1のKDでは大顎サイズが縮小し、HDAC3のKDでは大顎サイズが増大した(図3)。ヒストンのアセチル化は遺伝子の転写活性を促進すること、RNAi処理では全身で同様にKDが生じていたことから、全身レベルで転写活性を促進するようなエピゲノム状態の摂動を加えたことになる。形態への影響をさまざまな部位で詳細に調査した結果、翅のサイズが武器サイズと逆方向にやや変化したが(HDAC1-KDでは増大、HDAC3-KDでは縮小)、他器官のサイズはほとんど変化していなかった。これは、全身の細胞でエピゲノム状態に摂動を与えた場合、大顎の発生運命が最も変化しやすいことを示唆している。我々はこの結果から、武器という環境に応答しやすい組織(の原基細胞)には、エピゲノム状態が変化しやすい性質(epigenetic flexibility)があり、これが武器形成におけるドラスチックな遺伝子発現変化と形態変化を可能にしているのではないか、という仮説を提唱した[2]。

 

図3 ヒストン脱アセチル化酵素のKDによるオス蛹の表現型
左から、HDAC1のKD 、 dsGFPを注射した対照区、 HDAC3のKD個体の表現型。HDAC1およびHDAC3のKD個体の大顎部分を青および赤で示している。

大顎武器化のメカニズム

オオツノではオスのみで大顎の中間部が外側側方に枝分かれすることで大顎の武器化が起こっている。雌雄の頭部における遺伝子発現の比較から、細胞接着に関わる遺伝子が大顎の武器化因子の候補として上がってきた。細胞接着因子であり、脚などの付属肢の遠近軸方向の伸長を制御するfat4遺伝子をノックダウンすると、オスの大顎が十分には伸長できなくなることがわかった(図4)。これは、fat4遺伝子の付属肢伸長機能が、大顎の中間部でも使い回され、大顎の分岐・伸長機能をもたらしたものと考えられる[3]。

今後はオオツノでさらなる武器形成遺伝子を特定していくことに加え、体の一部が武器化するメカニズムやその栄養応答メカニズムについて、様々な昆虫を用いて、研究を進め、多様性をもたらす仕組みを解明していきたいと考えている。

 

図4 大顎の伸長に関わる細胞接着因子fat4
左はTEバッファーを注射した対照区、右は細胞接着因子fat4の発現抑制区。大顎が形成不全になっている。

参考文献

岡田 泰和

生命理学科 大学院理学研究科理学専攻教授

1980年兵庫県神戸市生まれ。2003年北海道大学農学部を卒業、2008年北海道大学環境科学院博士後期課程を修了。博士(環境科学)。2012~2018年東京大学総合文化研究科助教、2018~2024年東京都立大学大学院理学研究科准教授を経て2024年4月より現職。専門は生態発生学、行動学。主に昆虫を対象に性選択形質や社会行動の進化・生態の研究を行っている。

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