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乱れた物質における秩序探索

川﨑 猛史

アモルファス固体とガラス転移

アモルファス固体(非晶質固体)とは、明確な長距離秩序を持たないまま凍結した、粒子構造が乱れた固体であり、この定義に当てはまる物質は、私たちの身のまわりに多く存在する。たとえば、シリカなどの無機酸化物ガラス、高分子で構成されるプラスチック、歯磨き粉のようなペースト、粉体などが好例であり、これらの物質間には物理的に普遍的な性質が数多く見られることがわかっている[1]。その中でも特に重要な普遍的性質の一つがガラス転移現象である。

液体を結晶化させずに冷却または圧縮すると、特定の温度や密度に近づくにつれ、液体の粘性率が急激に増加しアモルファス固体に転移する。特に熱運動が支配的な粒子系で形成されるアモルファス固体をガラスとよぶ。液体からガラスへと転移する際の特徴は、温度や密度が10〜20%程度変化する間に、液体の粘性が10桁以上も増大する点である[2]。このような振る舞いから、ガラス転移現象は熱力学的相転移現象と直感的に捉えられそうであるが、実際にはそう単純ではない。通常の熱力学的相転移現象*1では、系の静的構造に基づく秩序の発達が不可欠である。しかし、ガラス転移においては、散乱実験などの一般的な構造解析手法では明確な秩序の発達が観測されず、粘性の急激な増加を説明することが難しい。そのため、この問題は凝縮系物理学における最難問の一つと評価されている[3]。

ガラスの動的不均一性

ガラス転移を解明する鍵として、ガラス転移点近傍の液体(過冷却液体)で観測される「動的不均一性」とよばれる現象が注目されている。特に、粒子の変位などの動的な物理量に着目すると、空間的な不均一性が確認され、系がガラス化するにつれて、この揺らぎが増大することが観察されている(図1)[4]。このことから、臨界現象*2とよばれる平衡相転移現象との類似性を通じて、系のスローダイナミクスの理解が進むことが期待されている。しかし、動的不均一性の発現メカニズムは未だ十分に解明されておらず、ガラス転移が特定の粒子運動のルールによって決まる動的転移*3である可能性も否定できない[5]。

近年、ガラス転移点近傍の液体における構造解析により、動的不均一性と相関をもつ構造秩序が発見されている[6]。しかしながらこの構造秩序を抽出するためには、系に適した秩序変数を設定する必要があるが、多くのガラス系では、従来の秩序変数では秩序を適切に抽出できない場合も存在する。そのため、動的不均一性が粒子構造によって支配されているかどうかは、依然として明らかにされていない。

 

図1 分子運動の動的不均一性
ガラス転移点近傍における過冷却液体の運動は通常の液体とは異なり空間不均一に分布する。粒子の色は変位の大きさを表す。矢印は粒子変位ベクトルを表す。本図は名古屋大学非平衡物理研究室吉井究氏により作成されたものである。

ガラスの秩序探索スキームの開発

こうした背景から、多様なアモルファス固体系において普遍的に秩序の有無を調べることは非常に重要であるが、これに対し、近年発展の著しい機械学習は、このような粒子構造の特徴量抽出に有効である。そこで我々は、画像解析手法として広く知られているニューラルネットワーク(NN)と勾配荷重クラス活性化マッピング(Grad-CAM)を組み合わせた手法を本系の構造解析に適用することを着想し、この問題の解決を目指した。

具体的には、低温状態のガラス構造と高温状態の液体構造を区別するNN分類器を構築した。この分類器は、「ガラスらしさ」や「液体らしさ」のスコアを算出することで、両者を高精度で分類することができる(図2上段)。さらに、学習に用いていない他の温度で生成された粒子構造に対しても同様にスコアを算出可能である。また、本研究では、NNによる分類時に生成される特徴マップとスコアの相関を解析し、特徴マップがスコアに与える影響を重み付け平均した量をGrad-CAMスコアとして出力した(図2下段)。

その結果、Grad-CAMスコアが「ガラスらしさ」や「液体らしさ」を反映し、ガラスの背景に存在する構造不均一性を反映していることが確認された。さらに、これらの構造は粒子ダイナミクスと強く相関することを確認した(図3)。この成果は、学習段階で粒子ダイナミクスに関する情報を一切与えずに、ガラス転移に伴う動的不均一性の発達を示唆し、ガラス転移現象を熱力学的相転移として理解する可能性を示している。ただし、これらの相関は完全ではないため、スキームの改善や本シナリオの是非について引き続きさらなる研究が求められる 7,8

 

図2 本研究におけるアモルファス系の特徴構造抽出スキーム
上段はニューラルネット,下段は勾配荷重クラスマッピングを表す。本図は文献[7]で用いたものを再構成したものである。

図3 ガラス系における構造とダイナミクスの比較
(左)本研究で開発した機械学習スキームから算出した構造不均一性。(右)実際の分子動力学シミュレーションから算出した各粒子の変位量。これらの間に強い相関が見て取れる。本図は文献[7]で用いたものを再構成したものである。

まとめと展望

本研究では、物質が相転移現象を引き起こす際の非自明な秩序構造を探索するためのスキームを開発し、一定の成果を得た[7,8]。今後は、機械学習により抽出した特徴構造の数理的な性質(秩序変数の具体的な関数系など)を明らかにし、さらに研究の一般化を図りたい。また、たとえば医学分野において、一見均質に見える細胞構造から病的な箇所を抽出する手法の開発や、抽出した秩序変数を用いた疾患の経時変化モデル(時間発展モデル)の構築など、学際的な研究にも挑戦していきたい。このように、基礎研究から応用へと展開する学際的な研究を通じて、今後10年から20年にわたり、持続可能な研究基盤を整備していく所存である。

*1 熱力学的相転移現象
粒子の位置や配向に関する静的構造が支配する、熱平衡状態で見られる相転移現象。
*2 臨界現象
物質が臨界点に近づく際に示す特異な挙動の現象。このとき物性値(比熱や圧縮率など)は連続的に増大し、系全体で特徴的なゆらぎの長さスケールが発散する。
*3 動的転移
熱平衡状態で見られる相転移現象とは異なり、粒子の運動が支配的要因となる相転移現象。

参考文献

川﨑 猛史

物理学科 大学院理学研究科理学専攻講師

2005年、慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業。2010年、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修了。同年、日本学術振興会特別研究員PD(京都大学)。2013年、モンペリエ第二大学シャルルクーロン研究所の博士研究員を経て、2015年に名古屋大学大学院理学研究科助教、2020年より同講師に就任し、現在に至る。主な受賞歴として、2015年日本物理学会若手奨励賞、2018年凝縮系科学賞(理論部門)、2020年文部科学大臣表彰若手科学者賞、2023年名古屋大学教養教育院全学教育担当教員顕彰、2024年東海国立大学機構教育グッドプラクティス機構長特別表彰などがある。

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