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直感的な有機分子構築を目指して

南保 正和

単純な分子骨格が生み出す多彩な機能

我々は無意識のうちに数多くの有機分子に触れながら生活している。今やパソコンやスマートフォンに触れない日はないであろうし、ペットボトル飲料や医薬品など生活必需品の多くは有機分子の機能を活用している。有機分子がこれほどまでに多機能性を有する理由はなんであろうか。それは炭素が生み出す構造の多様性にあろう。高校化学の教科書にも載っているように、大抵の有機分子は主となる炭素鎖骨格にさまざまな置換基が導入された構造から構成されている。たとえば、1つのsp3炭素に複数のベンゼン環が連結したアリールメタン類は機能性材料や生物活性物質、天然物にもみられる基本骨格である。構造としては単純でありながら、ベンゼン環の数や置換基によって多様な機能を示すユニークな分子群といえる。著者の研究グループはこの分子に魅了され、多様性に富むこれらの分子群をいかに効率的に合成できるかにこだわり、研究を行ってきた(図1)。

図1 多様なアリールメタン類
ベンゼン環の数や置換基の組み合わせによって多様な機能を発現する分子群である。

硫黄が導くベンゼン環の逐次的導入法の開発

 望みの分子を精密に構築するためには、基質それぞれに活性化された反応点(官能基)を予め用意し、これを目印に結合形成を行うプロセスが必要となる。しかし、基質に反応点を選択的に導入することが困難であることや、反応点を導入するために基質の合成工程が複雑となる場合が少なくない。したがって、複数のベンゼン環を有するアリールメタン類の効率的な構築にはこれらの課題を解決する新しい合成戦略が必要であった。そこで著者らの研究グループでは、硫黄上に2つの酸素原子を有する有機化合物であるスルホンを鋳型とするアリールメタン類の構築法を見出した(図2)。まずスルホニル基(R’SO2)によって隣の炭素上の水素原子をプロトン(H+)として引き抜くことが容易となり、パラジウム触媒存在下にて1つまたは2つのベンゼン環を導入することができる。続くスルホニル基をクロスカップリング反応によってベンゼン環へと置換することで、非対称なジ-、トリアリールメタン類の選択的合成を達成した。さらにトリアリールメタン類を酸化的な条件でベンゼン環との脱水素型クロスカップリング反応を行うことでテトラアリールメタン類へと誘導できることも明らかにした。本合成は従来の煩雑な基質の調製を必要とせず、1つの出発物質から最短工程でアリールメタン類を自在につくり分けることに成功した世界初の例である。

図2 スルホンを鋳型とするアリールメタン類の最短自在合成

入手・調製容易な原料から、ベンゼン環の数を完全に制御しつつ多様な分子群を得ることができる。

異分野融合研究による新しい生物活性分子の発見

著者らの所属するトランスフォーマティブ生命分子研究所では生物学者と化学者が分野を超えて融合することにより、社会や科学技術のパラダイムを変容させる革新的機能分子の創出を目指している。そこで本技術を活用し、当研究所内の植物学者と動物学者と連携し、生物活性探索研究を行った。その結果、酸素を含む芳香環を有するトリアリールメタン誘導体が植物の細胞分裂を急速に阻害する作用を有することを見出した(図3)。ヒトの細胞、酵母などでは阻害作用を示さなかったことは興味深い点である。最近では甲状腺ホルモンβ受容体に高選択的に結合するジアリールメタン誘導体ZTA-261を見出すことにも成功した(図4)。β受容体への結合は脂質代謝を促進することが知られており、実際ZTA-261を高脂肪食で飼育した肥満モデルマウスに投与したところ、肝臓および血中脂質の低下がみられた。また従来課題とされてきた肝機能障害、心肥大、骨密度の低下などの副作用が大幅に軽減しており、今後脂質異常症に対する新たな治療薬となることが期待される。このように、今回開発した合成法は迅速かつ効率的に多様な分子群を供給できる強力な手法であり、未知の機能性分子の探索に有効であることが実証できたと考えている。

図3 植物の細胞分裂を阻害するトリアリールメタン誘導体の発見

シロイヌナズナの胚の細胞分裂の様子を蛍光顕微鏡で観察した。化合物非存在下では核の数が増加していることから、細胞分裂が頻繁に起こっていることが分かる一方、化合物が存在する場合細胞分裂が急速に阻害された。

図4 ジアリールメタン誘導体ZTA-261の開発

甲状腺ホルモンにはαとβの2種類の受容体が存在し、天然の甲状腺ホルモン(T3)には選択性がみられないが、ZTA-261はβ受容体に強く結合し、脂質代謝を促進する。

まとめと今後の展望

本研究で着目したスルホンは化学的な反応性に乏しく、分子変換にほとんど活用されてこなかった化合物であった。しかし、炭素–硫黄結合を切断する新しい触媒を開発することによってアリールメタン類の新しい合成法を確立した。本研究を通じて、スルホンの合成化学における新しい価値を生み出し、分子の世界をさらに広げることに貢献できたと考えている。有機分子を扱う合成化学はさまざまな研究分野と結びつくことができ、さらに進化する学問であると思っている。近年研究分野が細分化される傾向にあるが、分野それぞれの特徴を生かした融合研究こそ科学の大きなブレイクスルーを生み出すきっかけとなる。本研究はその好例であり、合成ルートの単純化は有機合成化学を専門としない分野の研究者をも刺激することで分子を活用した新しい研究領域の開拓につながるであろう。今後さらにあたかも分子模型を組み上げるような単純明快な分子構築法の開発に邁進していきたい。

南保 正和

化学科 大学院理学研究科理学専攻特任准教授
トランスフォーマティブ生命分子研究所特任准教授

1983年生まれ。2006年名古屋大学理学部化学科卒業。2011年名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻(化学系)博士課程修了。2011年旭化成株式会社勤務。2013年名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所特任助教(准主任研究者(Co-PI)兼務)、2018年同特任講師、2021年から現職。博士(理学)。専門は有機合成化学、有機金属化学。

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